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第二章 にしき蛇のように(5)
日期:2023-11-28 13:43  点击:240

 ところが三人が石段の下までさしかかったときである。いったんかくれた提灯が、小走りに、また石段のうえに現われた。

「了沢、了沢」

 和尚の声だった。なんとなく気ぜわしい呼び方だった。「はあい!」

 了沢が下から叫んだ。だが、和尚はなんにもいわずに、それきりまた山門のなかへひっこんでしまった。

「和尚さん、どうかなさったかな。ひどくあわてていなさったが」

 耕助はふっとはげしい胸騒ぎを感じて、物もいわずにふたりの先に立って石段を駆け登っていた。耕助の気持ちが伝染したのか、了沢も竹蔵も、無言のまま耕助のあとについて駆け登った。

 また、和尚が石段のうえに現われた。提灯を振りながら、

「了沢、了沢!」

 こんどはまえより、いっそうあわてていた。声がうわずって、ふるえているようだった。「はあい、和尚さん、なんでござります」

「金田一さんはいるか」

「はあい、金田一さんも竹蔵さんもいっしょでござります」

「なに、竹蔵? 竹蔵、はよ来てくれ、たいへんじゃ、たいへんじゃ」

 和尚はまた山門のなかへ駆けこんだ。三人はふっと顔を見合わせたが、あとはいっきに、ものもいわずに駆け登った。

 耕助がいちばんに、山門のなかへとびこむと、提灯の灯が禅堂のまえをうろうろしている。

「和尚さんどうなすったのです」

「おお、金田一さん、あれを見い、あれを見い」

 金切り声をふるわせながら、和尚はたかだかと提灯をさしあげた。そのとたん、あとから来た了沢と竹蔵とが、きゃっと悲鳴をあげて立ちすくんだ。耕助は悲鳴こそあげなかったが、驚いたことは、かれらに劣らず驚いたのである。一瞬かれは、棒をのんだようにそこに立ちすくんでしまった。

 本堂と禅堂をつなぐ渡り廊下のまえに、千光寺自慢の梅の古木があることは、まえにもいっておいたはずである。秋のことだから、むろん花もなく、葉も枯れていたが、南をさしたその枝から、世にも恐ろしいものがぶらさがっていたのである。

 花子は自分のしめていた帯で、ひざのあたりをしばられていた。その帯の一端は、美しいにしき蛇のように梅の枝にからみつき、結びついている。すなわち花子は梅の枝から、彼女自身が怪奇なにしき蛇のように、まっさかさまに吊つるされているのである。彼女は眼をひらいている。くゎっと大きくひらいている。提灯のあかりを受けて、きらきらかがやくその瞳ひとみが、さかさまにじっと一同を凝視している。まるでみんなの驚きをあざわらうように。── そのときどうっと、海から吹きつけて来る暗い風が、千光寺をとりまく森をざわざわと鳴らした。どこかで絹を裂くような、けたたましい鳥の声が、暗くら闇やみの恐ろしさをつんざいた。そのとたん、さかさに吊るされた花子の体がゆさゆさ揺れて、がっくり解けた黒髪のさきが、からす蛇のように地をのたくった。和尚はあわててふところから数じゆ珠ずを取り出した。

「南な無む釈しや迦か牟む尼に仏ぶつ、南無釈迦牟尼仏。──」

 それからふかいため息とともに、口の中でなにやらもぐもぐつぶやいたが、このひとことが、のちのちまでも耕助の心のなかに強くのこったのである。

 耕助の耳には、たしかにそれが、つぎのようにききとれたのであった。

「気ちがいじゃが仕方がない。──」

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