てにをはの問題
「気ちがいじゃが仕方がない。──」
いったいそれはどういう意味だろう。了然さんは犯人を知っているのだろうか。……耕助はどきっとした気持ちで、さぐるように和尚の顔を見たが、和尚は黙然として数珠をつまぐっている。
竹蔵も了沢も、毒気を抜かれたような顔をして、ただまじまじと、あのまがまがしい逆さづりのにしき蛇を見まもるばかり。風はいよいよ吹きつのってきて、寺を抱いた赤松林がものすさまじい音を立てている。花子の黒髪が、また、さやさやとからす蛇のように土のうえをのたくった。
耕助はようやく正気を取りもどした。と、同時に職業意識──と、いうよりも、持って生まれた詮せん索さく本能が、猛もう然ぜんとして頭をもたげた。
提灯をかかげて死体の位置や、梅の枝にゆわいつけられた帯の結び方を、納得のいくまであらためると、そこではじめて竹蔵のほうをふりかえった。
「竹蔵さん、あんた、すまないが、幸庵さんを呼んできてくれませんか。もうたいがい、酔いもさめているでしょう」
「へえ」
竹蔵は夢からさめたように眼をこすった。それから和尚のほうをふりかえって、
「和尚さん」
と、声をかけた。 ところがそのときの和尚の様子というのがまことにどうも変てこであった。了然さんはそのとき、禅堂のほうをむいて立っていたのだが、竹蔵の声が耳にはいらないようであった。なにかしら、茫ぼう然ぜんたる眼つきであった。
「和尚さん、もし和尚さん」
竹蔵がかさねて声をかけると、そのとたん了然さんは、からんと音を立てて、手に持っていた重い如によ意いをとりおとした。
「な、なんじゃな、竹蔵──」
了然さんはあわてて如意をひろいあげたが、なんとなく、声がふるえているようであった。
「金田一さんがああおっしゃりまするで、わたしはひとはしり、幸庵さんを呼びに行いて参じます」
「ああ、ふむ、そのことか。……御苦労じゃが、それでは、行てきておくれ」 了然さんはあわててつばをのみこむと、南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏と二度ばかり、口のなかでつぶやいた。
「それで……」
と、竹蔵はさぐるように和尚の顔をながめながら、
「本家のほうはどうしたものでござりましょう。知らせてやらいでも、ようござりますか」
「本家か……ああ、ふむ、それじゃ本家へも寄ってな、花子が見つかったということだけ、知らせてやってきておくれ。殺されたなどというな。金田一さんや」
「はあ。……」
耕助もさぐるように和尚の顔を見ていた。「花子は……殺されたんじゃろな」
「それはそうでしょう。まさか……自殺とは見えませんからな」
耕助はわれにもなく笑いのこみあげてくるのを、あわてて奥歯でかみ殺すと、照れかくしに、がりがり頭をかきまわした。