「ああ、ふむ、それじゃて、じゃがな竹蔵、そのことはまだ本家にいうな。女ばかりじゃで、おびえるとかわいそうじゃ」
「さようでござります。それじゃひとはしり行て参じまする」
「ああ、ちょっと待て。……ついでに村長にも知らせてな、ここへ来てもろうておくれ。ときに金田一さんや、駐在所はどうしたもんじゃろ。知らせいでもよいかな」
「清水さんなら留守ですがね」「留守……?」
「ええ笠岡の本署から召集がきたといって、ひる過ぎモーター・ボートに乗って出かけていきましたぜ。しかし、竹蔵さん」
「へえ」
「念のために、駐在所へもよってみてください。もし清水さんがかえっていたら、こっちへ来てくれるように」
「へえ承知しました。それじゃ和尚さん、行て参じます」
風はますます吹きつのってくる。裏山の赤松林が、物すごい音を立てて騒いでいる。その風のなかを竹蔵が、弥や次じ郎ろ兵べ衛えのように紋もん付つきの大手をひろげて、あたふたととび出していくと間もなく、ポツリポツリと大粒の雨が落ちてきた。とうとう風が雨を持ってきたのである。「畜生ッ!」
耕助は暗い空を仰いで、いまいましそうに舌打ちした。
「金田一さん、どうかしたかな」
「雨が……」
「雨……? ああ、ふむ、本降りになりそうじゃな。じゃが、雨が降ると……?」
「朝まで降らなければいいと思っていたんです。降ると足跡がめちゃめちゃになってしまう」
「足跡……?」
和尚は急に気がついたように息をはずませた。
「すっかり忘れていた。金田一さん、ちょっとこっちへ来てみておくれ」
「はあなにか……」
「あんたに見てもらいたいものがあるで。了沢や、おまえもいっしょにおいで」
「和尚さん、この死し骸がいは……このままにしておいてもよろしゅうござりますか」
さっきから、石のように押しだまっていた了沢が、そのときはじめて、おずおずと口をひらいた。
「ああ、それ……金田一さん、どうしたもんじゃろ。おろしてもええかな」
「さあ。もうしばらくそのままにしておきましょう。清水さんがかえっているかもしれませんから」
「ああ、ふむ、そうじゃな。了沢や、花子はそのままにしておいて、おまえもこっちへ来てごらん」
おそろしい梅の古木のそばをはなれて、三人が玄関のまえまで来たときだった。満まんを持じした弦を、切ってはなしたように、一時にどうっと太い雨が落ちてきた。
「畜生ッ!」
耕助はいまいましそうに空を仰いだ。
「ああ、ふむ、あいにくの雨じゃな。ところで金田一さん」
和尚は玄関の廂ひさしの中へ駆けこみながら、「さっきわしは、あんたがたより、ひとあしさきにかえってきたな。そのときわしはこの玄関から入ろうとしたのじゃが、ここはなかから戸締まりがしてあることを思い出した。そこで……こっちへおいで。足もとが危ないで、気をつけな」