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てにをはの問題(6)
日期:2023-11-28 13:54  点击:280

「なにか……思いあたることが、ありましたか」

 和尚は顔をおおうたまま、しばらく無言のまま、はげしく肩をふるわせていたが、やがて両手を顔からとると、耕助の視線を避けるように、まぶしそうに眼をそらして、

「金田一さん」

 と、ひくい声で呼んだ。「はあ」

「あんたは勘違いをしとるんじゃ。なるほどわしはそんなことをいうたかしれん。しかし、それは本家の主人と、なんの関係もないことじゃ」

「しかし、……しかし……和尚さん、それじゃあれはどういう意味なのです。気ちがいというのは、だれのことです」

「金田一さん、それはいえん。それは……それは恐ろしいことじゃ」

 和尚はそこで、はげしく身ぶるいをするとやがて、ほうっとため息をついた。そして気が抜けたような調子で、こんなことをいった。

「金田一さん、世の中にはな、あんたなどの思いも及ばぬ恐ろしいことがある。そうじゃ、まったく常人の常識では考えも及ばぬ恐ろしい、変てこなことがある。気ちがい……そのとおりじゃ、まったく気ちがいの沙さ汰たじゃ。しかし……いまはいえん。いつかまた、あんたに打明けるときもあろうが、いまはいえん。いまはなんにもきいてくださるな。よいか、尋ねてもむだなことじゃで。……おお」

 と、和尚は本堂の手すりから身を乗り出して、

「どうやら幸庵さんが来たらしい。提灯の灯が見える。どれその間に禅堂のほうも調べておこう。ついでのことじゃで」

 禅堂と本堂とは、まえにもいったとおり、わたり廊下でつながっている。その禅堂は横が三間、縦が六間の細長い建物で、東を向いて建っている。わたり廊下の突き当たりにある板戸をひらくと、中央に廊下が縦にはしっていて、左右に畳が一枚ずつ、横にならべて敷いてある。その畳一枚に一人ずつ、座禅を組むのだそうである。畳は右に十枚左に十枚と敷いてあるが、ちょうど五枚目のところがまた廊下になっていて、二つの廊下の交差点、つまり禅堂の中央に仏像が安置してある。医王山という山号からでもわかるとおりその仏像は薬師如によ来らいである。この横の廊下の左側が、禅堂の入り口になっていて、その外は庭になっており、そこにあの恐ろしい梅の木があるはずである。入り口の左右には、武者窓みたいな窓がずらりと並んでいた。

 了然さんは提灯の灯で、禅堂のすみからすみまで調べたのち、入り口の戸を調べてみた。その戸は中から、ぴったりとかんぬきがおりていた。

「ああ、ふむ、どこも異状はないな。了沢や、方丈のほうに、なにかなくなっているものはないか」

「和尚さん、まだよく調べておりませんが、見たところ、別に異状はなさそうでござります」

「ふむ、妙な泥棒じゃな。もっとも貧乏寺じゃで、盗むほどのものはなかったのかもしれん。どれ、そろそろ幸庵さんの来る時分じゃ。向こうへ行って待っていよ」

 耕助は黙々として考えこんでいる。なにかしら、しつこく気にかかるものがある。それはてにをはの問題だった。

 和尚はああいうふうに弁解する。しかし、あれは和尚の詭き弁べんであって、気ちがいとは、やはり本家の主人、与三松のことにちがいない。しかし、与三松にしろ、だれにしろ、犯人は気ちがいである。気ちがいだから、あんな変なことをしたのだという意味ならば、了然さんのあのときもらしたことばは、

「気ちがいだから仕方がない。……」

 で、あるべきはずだ。しかし、耕助の耳にしたのは、たしかにそうではなくて、

「気ちがいじゃが仕方がない。……」

 と、いうのであった。

 なぜだろう。なぜだろう。……

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