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第三章 発句屛風(1)
日期:2023-11-30 16:02  点击:233

第三章 発句屛風

 惨劇の夜は霧の深い朝となって明けた。

 夜明けまえに土ど砂しや降ぶりはあがったけれど、残りの雨はそのまま霧となって、

じっとりと、獄門島をつつんでいる。濃いねずみいろの靄もやの底に深く沈んだ医王山千

光寺は、見果てぬ夢を追うひとの瞳ひとみのように、薄じろくぼやけていた。

 明け方ごろ、とろとろとまどろんだ金田一耕助は、本堂のほうからきこえてくる、勤ご

ん行ぎようの声に、ふと眼をさました。しめきった書院のなかは暗かったが、それでも、

雨戸のすきから吹きこんでくる、朝の冷たいほの明かりが、部屋のすみずみに揺よう曳え

いしている。腹ばいになって、枕まくらもとの腕時計を見ると、もう八時をすぎていた。

さすがに今朝は、和尚も朝寝をしたとみえる。

 耕助は腹ばいになったまま、枕もとの煙草をとって火をつけた。頰ほお杖づえをつい

て、煙草をくゆらしながら、勤行の声をきくともなしにきいていると、木もく魚ぎよの音

が、けさは特別うそさむく、襟えりもとへしみいるようであった。

 耕助はぼんやりと、昨夜のことを考えはじめる。できれば外にあらわれた、あのこけお

どしの底から、真実のかけらでもつかみ出そうと考える。しかし、睡眠不足のせいか、ひ

とつことを考えつめる気力がなくて、とりとめもない想念が、目隠し鬼のように、よたよ

たと堂々めぐりをするばかりである。

 耕助はそこでしばらく考えることはやめにする。思いきって起きようかとも思ったが、

ほどよい夜具のぬくもりが、けだるい体に快くて、飛び起きるほどの決心もつかない。

 それにあの、ポクポクと眠りを誘うような木魚の音が、だらけたいまの気持ちにとっ

て、まことに快いのである。それはまるで、怠けろ、怠けろと、だらけた心を、いっそう

誘惑するようであった。耕助はしばらくこの誘惑に身をまかせることにする。そこでもう

一本、煙草に火をつけると、無精たらしく頰杖ついたまま、枕もとにある二枚折りの枕屛

びよう風ぶに、ぼんやりと睡眠不足の眼を走らせる。

 この二枚折りの屛風というのは、二、三日まえの晩、夜が更けると島は寒いからの、

と、いって、和尚が親切にわざわざ持ってきてくれたものである。おひなさまの屛風みた

いにかわいいやつで、地紙には、昔の俳はい諧かい書しよをばらしたらしい、木版刷りの

紙が、いちめんにはりつめてある。刷ってあるのは連句らしいが、妙にひねくれた書体だ

から、耕助には、「哉かな」だとか、「や」だとかいう字のほかは、とんとちんぷんかん

である。さて、この地紙のうえには、右に二枚、左に一枚と、つごう三枚の色紙がはりつ

けてある。色紙のうえには、いずれも一筆書きで、坊主だか茶人だかわからないような人

物がかいてある。右の二枚にかいてあるのは、宗そう匠しよう頭ず巾きんをかぶって、黒

い十じつ徳とくを着た人物である。ひたいに三本ほどしわらしいものがかいてあるところ

を見ると、かなりの老人らしい。ポーズはちがっているが、このふたりは同じ人間かもし

れぬ。さて、左の色紙の人物はと見ると、これはまた、おそろしく行儀の悪い男だ。右の

人物と同じく十徳を一着に及んでいるが、へそまで見えそうなほど前をはだけて、大あぐ

らをかき、毛け脛ずねまるだしである。このほうはなにもかぶっていなくて、丸めた坊主

頭が、海坊主にそっくりである。さて、これらの肖像のうえには、それぞれ俳句らしいも

のが書いてあるが、これがまたすこぶる達筆ときているので、難解千万なこと地紙の俳諧

書以上である。それほど難解なものを、読まねばならぬという義理合いは、どこにもな

かったのであるけれども、ぼんやりとしていると、腹の底からいらいらしたものがこみあ

げてきそうなので、耕助は臍せい下か丹たん田でんに力をおさめて、一意専心、これを読

むことに努力することにきめる。

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