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第三章 発句屛風(4)
日期:2023-11-30 16:10  点击:225

「金田一さん、私はあんたが好きだ。どういうものか虫が好いとる。だから内緒でそっと

注意してあげるんじゃが──あんた、なにかうしろぐらいところがあるなら、いまのうちに

逃ずらかったほうがためですぞ」

「な、な、なんですって?」

 さすがの耕助も、あまり意外な清水さんの親切にどぎもを抜かれた。

「ぼくにうしろぐらいところがあるなんて、だ、だれがいったんです」

「あんたを知ってるという人が──です。その人がね、獄門島になにか変わったことはない

かときいたから、私はいまに、変てこなことが起こりゃせんかと思う、というようなこと

を話したです。それから金田一耕助という風ふう来らい坊ぼうが──いや、ああ、──その

なんじゃ」

「いや、風来坊でけっこうですよ。それであなたが、金田一耕助という怪しげな風来坊が

来てるということを、お話しになったんですね。すると──?」

「するとですね。その人がひどくびっくりしてな、なに、金田一耕助が来ている? そし

てその金田一耕助というのはこれこれこういう風ふう貌ぼうの男ではないかと、その人の

話す人相書きというのが、金田一さん、あんたにそっくりじゃ。そこで私がそのとおりだ

と答えると、その人はいよいよ驚いて、それはたいへんだ、あの男があだやおろそかのこ

とで、獄門島みたいな離れ島へ来る気遣いはない。なにかきっと、大きなもくろみがある

にちがいない。清水君、気をつけにゃいかんぞ。その男から眼をはなしちゃいかんぞ。わ

しもそのうちに暇をみて、きっと一度行ってみるが……」

 耕助はいよいよ驚いた。驚いたというよりあきれてしまった。まじまじと清水さんの顔

を見つめながら、

「清水さん、そ、そしてその人は、いったいなんという人なんです」

 清水さんはにわかに威厳をつくろった。咳がい一咳、耕助の顔をまともににらみなが

ら、

「磯いそ川かわという警部ですよ。岡山県でも古ふる狸だぬきといわれる、古い、腕利き

きの警部さんじゃよ」

 耕助は突然、世にもうれしそうにガリガリと頭をかきはじめた。ガリガリ、ガリガリ、

あまり猛烈に頭をかき回したので、ふけが霧のように散乱して、さすがの清水さんも辟へ

き易えきして、二、三歩あとへ退かざるをえない羽目になった。

「金田一さん、あんた磯川警部を御存じかな」

「し、し、知っていますとも、知っていますとも、そ、そ、それじゃ、あの人は健在なん

ですね」

「健在ですとも。警察のほうでも、だいぶ追放された人が出たが、あの人はどうやら無事

らしい」

「そ、そ、そして、この島へ来るかもしれんというんですね」

「金田一さん」

 清水さんはいよいよ疑わしげに、眼をしわしわさせて、

「あんた、どうした。泣いてるんじゃないか」

「いやあ、あっはっはっは」

 耕助はあわてて指で眼をこすった。

 もし諸君が「本陣殺人事件」を読んでくだされば、柄にもなく耕助がなぜ泣いたか、

きっと同情をもって御了解くださるだろう。岡山県のさる農村で起こった、奇怪な密室殺

人事件で、金田一耕助がデビューした際、いっしょに働いたのが磯川警部であった。だ

が、ただそれだけのことでは耕助といえども泣きはしなかったろう。問題は、あの事件と

現在とのあいだに、ああいう大きな戦争をはさんでいるということである。多くの男は海

の向こうのどこかへ持っていかれた。また残った者といえども、家を焼かれ四散して、ほ

とんど安否を知るよすがもないくらいであった。それがいまこの離れ小島で──耕助もなじ

みのうすい島の生活で、いくらか感傷的になっていたのだ──突然、旧知の消息をきかされ

たのだから、心機動揺して柄にもなくセンチメンタルになったのも無理はなかった。

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