行业分类
第三章 発句屛風(5)
日期:2023-11-30 16:10  点击:216

 清水さんは探るように耕助の顔を見ながら、

「金田一さん、あんた逃げいでも大丈夫かな」

 と、心配そうに尋ねた。

「いや、逃げるのはよしましょう。逃げたところで、テンモーカイカイですからな。あっ

はっはっは」

 耕助はうれしそうに笑った。清水さんはふうんと疑わしそうに鼻を鳴らして、

「実はな、金田一さん、今朝潮つくりの竹蔵から、昨夜の話をきいたとき、私はすぐにあ

んたをひっくくろうかと思った。昨夜磯川警部からきいたこともありますからな。あんた

はたしかに警察の飯を食うたことのある人物ですな。それも警部の口ぶりからすると、よ

ほどの大物にちがいない。……」

 耕助はおかしさをかみ殺した。

「なるほど、なるほど、ごもっともで。しかし、まだ私をひっくくろうとなさらないとこ

ろをみると、思い直されたとみえますね」

「それですて。私もいろいろ考えてみたが、たったひとつだけ、腑ふに落ちんことがあり

ましてな。私の考えとあんたの立場はあべこべになっている。これが反対になっていた

ら、私は容赦なくあんたをひっくくるのだが」

「はて、反対というと?」

 耕助は驚いて清水さんの顔を見直した。いったい、この好人物のお巡りさんの頭に、な

にがえがかれているのだろう。

 清水さんは困ったように、しわしわと眼をまばたきながら、

「あんたは、鬼頭の本家の千万さんの戦友でしたな。そして、千万さんの意をうけて、こ

こへ来られたのでしたな」

「そ、そうですよ」

「それが私には困るのですて。その反対に、あんたがもしも、分家の一さんの戦友で、一

さんの頼みでここへ来られたんだったら、私の考えとぴったり合うから、すぐにもひっく

くってしまうのだが」

 耕助はまた驚いて、清水さんの顔を見直した。穴のあくほど凝視した。

「清水さん、それはいったいどういうわけです。分家の一さんの戦友なら、なぜ縛っても

よいのですか」

「金田一さん、おわかりにならんかな。本家の千万さんは死んでしもうた。これはもう公

報が入っているからまちがいない。さて千万さんが死んだからには、鬼頭のものはいっさ

い一さんのものになるかというと、おっとどっこい、そうはいかん、そこにはまだ、月

代、雪枝、花子という三人の娘がいる。これを片っぱしから順々に殺してしまわんことに

は──」

 金田一耕助は、突然、背筋をつらぬいて走る冷たいものを感じた。かれはしばらく、か

みつきそうな眼で、清水さんのひげ面をにらんでいた。それから押し殺したようなしゃが

れ声でいった。

「わかりました。それではあなたのおっしゃるのはこうですね。私がもし、一さんの戦友

で、一さんの意をうけてここへ来たものだとすれば、一さんから派遣された、一種の刺客

としての疑いをうける可能性があるわけなんですね」

「そうです、そうです。私の考えたのはそれですて。しかしあんたは──」

「いや、ちょっと待ってください。しかしあなたのその考えにはちと納得のいきかねると

ころがありますよ。まず、第一に、ビルマにいる一君には、ニューギニアにいる千万太君

の生死は絶対にわかりっこないということ。第二に、刺客をよこすとは、つまり共犯者を

つくるなんてことは、とても危険なことですよ。それよりも自分がかえってきて、自分の

手でこっそりやったほうが、よっぽど安全だと思いませんか」

「いや、私はそう考えません。むしろこれはいちばん安全なやりかたですよ。なぜって一

さんがかえってきて、それから、鬼頭の娘たちが順ぐりに殺されてごろうじろ。すぐ一さ

んに疑いがかかる。しかし、いまなら、一さんはまだビルマにいるんだから、だれも絶対

に疑やあせん。それにあんたも──あんたがかりに一さんの刺客として、じゃな──あんた

も、鬼頭家にはなんのゆかりもない人だから、これまただれも疑うものはない。──」

「しかし、しかし、さっきもいったように、ビルマにいる一さんには、千万太君が死んだ

ということは絶対にわかりようはない。──」

「だから、一さんはヤマをかけるんじゃ。千万さんの出征したことは一さんもよく知って

いる。こんな大きな戦争だから、千万さん、どこかで戦死しているかもしれんと考える。

そこで一足さきにかえる戦友に万事を託す。もし千万さんが生きていればそれでよし、も

し死んでいるようならば、自分がかえるまえに、生き残った三人の娘を殺してくれと。──

いやいや、ひょっとすると、千万さんが生きてかえっていたら、それを一番に殺してくれ

と託したかもしれん──」

 この恐ろしいことばが、好人物の清水さんの口から出るだけに、耕助のうける物すさま

じい印象はいっそう深刻だった。耕助は歯をくいしばり、息をのんで、しばらく茫ぼう然

ぜんとあらぬかたを凝視していたが、やがて瞳ひとみを清水さんのほうへもどすと、

「しかし、清水さん、あなたのその考えはまちがっていたのですね。私は一さんの友だち

ではなくて、千万太君の戦友なんだから、そのことはあなたも認めてくださるでしょう」

 清水さんはほうっとため息をついて肩をゆすった。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/24 01:26
首页 刷新 顶部