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待てば来る来る(1)
日期:2023-11-30 16:12  点击:258

  待てば来る来る

 まえにもいったとおり島の住人は信心ぶかい。金田一耕助は、はじめて寺へ泊まったそ

のつぎの朝、まだくらいうちから、お参りにくる善男善女の足音や、お祈りをする声や、

がらがらと鳴る鰐わに口ぐちの音に眼をさまして、きょうはなんの御縁日かといぶかった

が、その後わかったところによると、島ではそれが毎日の状態であった。漁に出るまえ、

仕事につくまえにお寺参りをしてこなければ、島の住人は一日じゅう気が落ち着かないら

しい。それは信仰というよりも、顔を洗ったり歯をみがいたりするのと同じで、毎朝の習

慣みたいなものである。

 しかし、さすがに今朝は清水さんの手配りがよかったとみえて、だれひとり山門からな

かへ入ってくるものはなかった。じっとりと霧につつまれた寺内には人影もなかった。お

かげで金田一耕助は、思わぬ朝寝坊をしたにもかかわらず、あたりを踏み荒らされずにす

んだことをよろこんだ。

「金田一さんや、ともかく御飯をおあがり。ゆうべおそかったで腹がへったろう。清水さ

ん、あんたもお茶でも召し上がれ。仕事はそれからのことじゃ」

「はあ、ありがとうございます」

 寺の朝飯は簡単なものである。麦飯にみそ汁しる、それにたくあんがふたきれみきれ。

清水さんは靴をぬぐのをめんどうがって、台所のはしに腰をおろしたまま、典てん座ぞの

了沢君のくんで出した茶をすすっていたが、ふと思い出したように、

「そうそう、和尚さん、さっき竹蔵にきいたのじゃが、ゆうべの賊はお櫃ひつの御飯を、

すっかりさらっていったというがほんとうかな」

「ほんとうじゃよ、きれいさっぱりさらっていきよった」

「了沢さん、御飯はどのくらい残っていたのじゃな」

「さあ、三人前の余もありましたろうか。ゆうべ本家でごちそうになることを忘れて、つ

い、うっかりと、いつもと同じに炊いておいたものですから」

「ふうむ、それをすっかり、えろうまあ仰ぎよう山さん平らげたものじゃな。和尚さん、

人殺しをすると、そんなに腹がへるものかな」

 清水さんは大まじめである。耕助は思わずぷっと吹き出したが、その拍子に茶にむせそ

うになったので、あわてて湯飲みをおくと、

「ごちそうさま。さあ、それじゃこれから大飯食いの泥棒の、足跡を調べてみようじゃあ

りませんか」

 と、勢いよくちゃぶ台のまえから立ち上がった。

 前にもいったように、勝手口のそとは高い崖がけがまぢかに迫っていて、いつもじめじ

めしているが、その代わり軒がふかいので、昨夜の豪雨にもかかわらず、足跡は流されも

せずにそのまま残っていた。

「ああ、この軍ぐん靴かの跡がそうかな。そうと知ったら、もう少し気をつけて入ってく

ればよかった。なるほど、いったん入って、それからまた出ていっていますな」

 その足跡は、昨夜の和尚や了沢君や耕助や、さてはまた、今朝の清水さんの足跡に踏み

荒らされて、かなり不ふ明めい瞭りようになっていたが、それでも内へむいた足跡と、外

へむいた足跡とが、あちこちにくっきりと残っていた。

「清水さん、この島に軍靴をはいてる人がありますか」

「そりゃある。いくらでもある。ちかごろおいおい復員してくるものが多くなってきた

し、それにさきごろ、軍靴の配給がありましたからな。あ、ちょっと、ちょっと、金田一

さん」

 足跡のうえに身をかがめていた清水さんは、不意にそういって、早口に耕助を呼んだ。

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