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待てば来る来る(4)
日期:2023-11-30 16:13  点击:230

 そのとき、山門から入ってきたのは、分鬼頭のお志保さんであった。お志保さんのうし

ろには美少年の鵜飼章三もついていた。このとき二人でやってきたのは、耕助にとっては

このうえもない助け舟であった。耕助はなぜまたああも突然、清水さんの態度がかわった

のか合点がいかなかったが、二人のおかげで、さしあたり清水さんの鋭えい鋒ほうをさけ

ることができると思ったので、つとめてお志保さんにむかって愛あい嬌きようをふりまい

た。そのことが、いっそう清水さんの疑惑をあおるとも気がつかずに。──

「なにを二人で言い争っていらっしゃいましたの」

 お志保さんは今朝はとくべつに、念入りにお化粧をしてきたのにちがいない。露のなか

をちかづいてくるお志保さんの顔は、夕顔のようにほの白く美しかった。それにその歩き

かただ。一歩一歩虚空をふむように歩をはこぶ彼女の姿態には、洗練されつくした技巧が

あって、全身から色気がにおいこぼれるようであった。

「いえなに、べ、別に争ってたわけじゃないんです」

 耕助は例によってどもりそうになったので、あわててもじゃもじゃ頭をかきまわした。

頭をかきまわすと、どもるのが改まるとみえる。

「あら、そう。そんならよござんすけれど──清水さん」

 お志保は耕助に悩ましい一いち瞥べつをくれておいて、さて改めて清水さんのほうへ向

き直ると、

「あたし、変なことを耳にしたものだから、わざわざこうして出向いてきたんですよ」

「変なことって、な、なんですか」

 清水さんもこの女と面と向かうと、耕助を相手にするのとは、だいぶ勝手がちがうらし

い。いくらかへどもどした調子でそういうと、あわててごくりと生つばをのみこんだ。

「変なことって変なことですわ。あたしそのことについてみなさんに、ようくきいていた

だこうと思って、それで鵜飼さんをつれてきたんですよ。金田一さん、和尚さんは?」

「和尚ならここにいるぞ」

 方ほう丈じようのほうから了然さんが、のっしのっしと本堂の縁側へ出てきた。

「お志保さん、おいで。儀兵衛どんはどうじゃな。少しは痛つう風ふうもよいほうかな。

これよ、了沢、みなさんにお座ざ布ぶ団とんをあげんかい。そちらの、なんとかゆうた

な。そうそう鵜飼さん、あんたもここへ来てお掛け。なにもそんなに怖がることはありゃ

せんがな。おまえのようなきれいな息むす子こを、かわいがりこそすれ、だれもとって食

おうたあいやアせんぞな。はっはっは、ときにお志保さんや」

 さすがのお志保さんも、とっさにことばが出なかった。どっかとあぐらをかいた了然さ

んの顔を、あきれたようにまじまじと見つめている。了然さんはすかさずことばをつい

で、

「いま向こうできいていれば、おまええらい権幕のようじゃな。皆さんにようくきいてい

ただきたいことがあって──か。はっはっは。ようくきこうじゃないか。おまえ。なにかこ

の和尚にいうことがあるのかな。いうことがあるならなんでもおっしゃれ。それよ、向こ

うに花子もきいているで」

 和尚はふとい指で本堂の奥を指さした。

 鵜飼章三はそれをきくと、ふっと眉まゆ根ねをくもらせて、こっそりお志保さんの陰に

かくれた。お志保さんもちょっと鼻白んだ気味であったが、すぐ顔じゅうに血の色をはし

らせた。色が白いから紅潮するといっそう目立つのである。一瞬、火がついたように瞼ま

ぶたを染めて、双そう眸ぼうがあやしく光った。しかし、お志保さんはすぐそのことを後

悔したらしい。ここでむやみに興奮することは、とりも直さず負けである。お志保さんは

だれに向かっても、冑かぶとをぬぐことを好まない。

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