「ほほほほ、いやな和尚さん」
了沢君のすすめる座布団に腰をおろすと、お志保さんは甘い鼻にかかった声でかるくわ
らった。血の色もだいぶおさまったようだ。
「和尚さんにそんなふうにいわれると、あたしなにか、いいがかりでもつけに来たように
きこえるじゃありませんか。そりゃあたしこんながさつな女だから、口の利ききかたも存
じません。それにあたしだって、心外なことがあればちっとは興奮するだろうじゃありま
せんか。一寸の虫にも五分の魂ですもの」
「一寸の虫? おまえさんが? どうしてどうして、おまえさんは一寸の虫じゃない。虫
は虫でも大きな大きな──」
お志保さんの頰ほおにまた血の色がもどってきた。和尚はそれに眼をやりながら、
「いや、そんなことはどうでもええが、お志保さんや、心外なというのはなんのことじゃ
な」
「ええ、そのことですわ。昨夜ここで花ちゃんが殺されたんですってね。それについて村
では変なことをいっているんですよ。なんだかあたしが鵜飼さんをそそのかして花ちゃん
を呼び出させ、二人で殺したようなことをいってるんです。なんぼなんでも、それじゃあ
んまりじゃありませんか」
「なるほど、それはひどいことをいうもんじゃな。しかし、なあ、お志保さんや、たとえ
にもいうとおり、火のないところに煙は立たぬじゃ、お志保さん、おまえなにかそんなふ
うに疑われるようなことをしているのじゃないか」
「あたしが──? まあ、和尚さんまでそんなことをおっしゃって、あたし悔しゅうござい
ますわ」
「いやいや、わしはなにも、おまえさんがたが花子を殺したとはいわぬ。しかし、花子が
呼び出されたのは、たしかに鵜飼さんの手紙のためじゃからな」
「鵜飼さんの手紙──? まあ鵜飼さん、あんた花ちゃんに呼び出しをかけたの?」
「ぼくが花ちゃんに──? いいえ、そんな覚えはありません」
鵜飼は美しい眉まゆをひそめた。耕助はこのときはじめてこの男の声をきいたのだが、
それは、すがたと同じように、細い、美しい、ふるえをおびた声だった。と、同時に、ど
こかよりどころのない、魂のおき場に迷っているようなひびきでもあった。
「和尚さん、鵜飼さんは覚えがないといってますよ。それ、なにかのまちがいじゃありま
せん?」
「いや、これはわしのいいかたが悪かった。鵜飼さんが呼び出しをかけたのは花子じゃな
い。姉の月代じゃ。ところがどうしたはずみか、花子がその手紙を手に入れて、姉を出し
ぬこうとしてこの寺へやってきたのじゃな。了沢や、ゆうべの手紙を出しておくれ。あ
あ、これ、鵜飼さんや、これならおまえさんも覚えがあろうがな」
お志保さんと、鵜飼章三は顔を見合わせた。お志保さんはそれから少し体を乗り出し
て、
「まあ、それじゃ花ちゃんはその手紙を持って、──ええ、それなら覚えがありますわ。鵜
飼さん、こんなことかくしたってしかたがないからいっちまいましょうよ。その手紙はあ
たしが口述して鵜飼さんに書かしたのですよ。だっていいじゃありませんか。鵜飼さんと
月代ちゃん、似たもの夫婦ですもの。それをなんのかんのと難癖つけて、みんなで二人の
仲をさくようにする。あたしそれが心外だから、なんとかしてこの恋をまとめてあげよう
としているんですよ。ええええ、だれがなんたってかまやあしない。あたし、きっと、二
人の仲をまとめてみせるつもりでいますよ」
お志保さんのことばはいたっておだやかである。しかしそのおだやかなことばの底に
は、この女の鋼鉄のような強い意志と、悪意にみちたドス黒い決意が見られるのである。
「いや、それはけっこうなことじゃ。おまえさんがなにをしようとそれは勝手じゃが、し
かし、鵜飼さんや、そうするとおまえさんもゆうべここへ、──この寺へ来たことはたしか
じゃな。いや、現におまえさんがつづら折れをのぼってくるところを見たものもあるの
じゃが」
鵜飼はちょっとたゆとうような色を見せたが、お志保さんの視線にうながされて、一歩
和尚のまえへ出た。そして、まぶしそうに一同の視線をさけながら、おどおど口ごもりつ
つこんなことをいうのである。