「ええ、まいりました。実は、そのことについて、誤解があってはならぬと思ったもので
すから、それで、そのことをいいに来たのです。ぼく、そういう手紙を出しておいたもの
だから、きっと、月代さんが来てくれるものと思って、ここへ来て待っていたんです。と
ころが、半時間待っても、一時間待っても、月代さんが来ないものだから、それで、ぼ
く、あきらめてかえったのです。ぼくの話というのはそれだけのことなんですが」
「ああ、ふむ、なるほど。それでおまえさん、そのあいだに、どこかで花子を見かけやあ
しなかったかな」
「いいえ、一度も。ぼくは花ちゃんがここへ来るなんてこと、夢にも思いませんでした」
「いったい、おまえさんは何時ごろここへ来たんじゃな」
「何時ごろか、時間のことはよく覚えておりませんが、ぼくが家を出たのは、こちら──」
と、耕助のほうをふりかえって、
「金田一さんが分鬼頭を出てからすぐあとのことでした。このつづら折れの下で、金田一
さんが、うえからおりてこられた和尚さんたちに出会って、本鬼頭のほうへ行かれた。そ
のうしろ姿が見えなくなってから、ぼくはつづら折れをのぼってきたのです。そして、ど
のくらいここにいたか、正確なことはわかりませんが、あきらめて家へかえると間もな
く、八時が鳴りましたから、たぶん七時半ごろまで、待っていたのだろうと思います」
「ふうむ、そして、そのあいだ、花子のすがたを見なんだとすると、あの娘はいったい、
どこにいたのじゃろうな」
和尚はあごをなでながら、一同の顔を見渡した。だれも口を利こうとする者のないなか
に、お志保さんがまた少しひざを乗り出して、
「どっちにしても、それは鵜飼さんの知ったことじゃありませんわ。ねえ、このひと、花
子ちゃんを殺さねばならぬ理由は少しもありませんし、それに第一、そんな度胸のあるひ
とじゃありませんものね」
さっきから、和尚とお志保さんの勝負をおもしろそうに見ていた耕助が、そのときはじ
めて口をひらいた。
「ちょっと鵜飼さんにお尋ねしますが、あなたはここで月代さんを待っているあいだに、
煙草を吸やあしませんでしたか」
「煙草? いいえ、ぼくは煙草を吸いません」
「ゆうべ、あなたは和服でしたか。洋服でしたか」
「和服でした。ぼく、ろくな洋服は持っていないんです」
「でも、洋服は持ってることは持ってるんですね。すると靴なども──軍靴とちがいます
か」
「ええ兵隊靴です」
「清水さん、念のためにあとでその靴を見せていただくといいですね。たぶん、そうじゃ
ないと思いますが、──ところで、鵜飼さん、最後にもうひとつお尋ねがあるんですが、月
代さんへ出した手紙ですがね、あれはどういうふうにして渡されたのですか。どうしてそ
の手紙が花ちゃんの手に入ったのでしょうね」
「それは──」
鵜飼はまたちょっとためらったが、お志保さんの視線にうながされて少し赧あかくなり
ながら、
「ぼくたち、月代さんとぼくが手紙をやりとりするときは、いつも愛あい染ぜんかつらの
幹に入れておくんです。その幹に、小さいうつろがありまして、そこへ手紙を入れておく
ことにしているんです」
「愛染かつら?」
一同は思わず眼をみはった。耕助はうれしそうにがりがり頭をかきまわしながら、
「それはまた、ロマンチックなことですね。しかし、愛染かつらなんて木が実際にあるん
ですか」
鵜飼はまたちょっと赧くなった。