「いいえ、それがわからないはずはありません」
早苗はくるりと幸庵さんのほうへ向き直ると、
「ここは東京や大阪のような大都会じゃありませんのよ。人間のかずだって知れていま
す。それにまわりが海だから、ほかから人が来るなんてこともありません。だから、だれ
が花ちゃんを殺したにしろ、それは島の人間にちがいないんです。いいえ……」
と、そこで早苗はふといいよどむと、ちらりと耕助のほうに眼をやって、
「この島の人間か、いま島にいる人にちがいないのです。それで犯人がわからないなん
て……そんな……そんな……和尚さん」
「ふむ、なんじゃな」
「花ちゃんは、あのひとの……鵜飼というひとの手紙をふところに持っていたというじゃ
ありませんか」
「さあ、そのことじゃて。花子がここをぬけ出して、こっそり寺へ行ったのは、たしかに
その手紙のせいらしいが、といって、あの男があんな恐ろしいことをしようとは思えんで
な。第一、あの男に花子を殺さねばならんようなわけはひとつもない」
「なぜ、なぜ、なぜですの。ええ、そりゃア鵜飼さんにわけはなくても、あのひとのうし
ろについているひとたちはどうですの。儀兵衛さんやお志保さんはどうですの。あのひと
たちは……あのひとたちなら……」
「早苗!」
不意に和尚がするどい声で一いつ喝かつした。早苗ははっとひるんだように和尚の顔を
見たが、すぐ蒼あおざめた顔をうなだれた。和尚はいくらか声をやわらげると、
「めったなことをいうものじゃない。そりゃ、ま、おまえが興奮するのも無理はない。い
まのおまえの気持ちでは、むやみに人を疑うてみたくなるのも人情じゃ。しかし、めった
なことはいうまいぞ。なにしろ相手はああいう人間じゃで、そんなことをきくと、どのよ
うな尻しりを持ってこないものでもない。おまえがキナキナ思わないでも、あいつらにう
しろぐらいことがあるのなら、警察のほうでちゃんとええようにしてくださる。なあ、清
水さんそうじゃあるまいか」
「いやア、──そ、それはそうです。和尚さんのおっしゃるとおりです。れっきとした証拠
さえあれば、相手が網元であろうが、網元のおかみさんであろうが容よう赦しやはしませ
ん。きっとひっくくってみせますから、まあ、そうヤキモキせえでもよろし」
清水さんは無精ひげをつまぐりながら威厳をつくろったが、早苗はそういう清水さんを
信用しないのか、うつむいたままくちびるをかんでいる。ひとしずくポトリと涙がひざの
うえに落ちた。耕助がひざを乗り出したのは、そのときである。
「そう、その証拠ですがね。われわれはなにをおいても証拠を収集しなければなりません
が、それについて早苗さん、あなたにひとつ見ていただきたいものがあるんですが」
耕助がふところから取り出したのは、例の煙草の吸い殻である。清水さんはそれを見る
と、ふんふんと不平らしく鼻をならして、不満の意思表示をした。和尚と幸庵さんは眼を
見交わしている。村長の荒木さんは例によってきっとくちびるをへの字なりにむすんだま
まひとり正面をきっていた。
早苗は不思議そうに眉まゆをひそめて、
「その吸い殻が……?」
「ええ、この吸い殻。……これについてあなたにお尋ねしたいことがあるのです。これ、
あなたが、奥にいられる……つまり、その御病人のために巻いてあげたものでしょう」
早苗はこっくりうなずいた。