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冑かぶとの下のきりぎりす(3)
日期:2023-11-30 16:18  点击:298

「ところが、この吸い殻は、千光寺の境けい内だいに落ちていたんですよ。つまり、花

ちゃんの死体のすぐそばにですな」

 早苗はぎょっとしたように大きく眼をみはった。そしてしばらくあきれたようにまじま

じと耕助の顔を見つめていたが、しだいに息をはずませると、

「だって、だって、そんなバカなこと……ああ、そうだわ。そういう字引き持ってるの、

なにもうちばかりとは限らないわ。ほかにも持ってる人があるかもしれないわ。だから、

それ、ほかの人の煙草にちがいないわ」

「そ、そ、そのことですよ。そのことですよ。それをこれから確かめてみようと思ってい

るんですよ。あなたがいちばん最近、伯お父じさんに煙草を巻いてあげたのはいつのこと

ですか」

「昨日……ええ、昨日の夕方のことですわ」

「何本?」

「二十本でした」

「そうですか、それじゃちょっと奥へ行って……いや」

 なにを思ったのか耕助は、そこでむやみやたらともじゃもじゃ頭をかきまわすと、

「こ、こ、こんなことをいっちゃ失礼ですがね、ど、ど、どうでしょう、ぼくをそこへ連

れていってくれませんか。別にあなたを疑うわけじゃありませんがね。こ、こ、これは大

事なことですから」

 と、どもりどもりそういうと、ごくりとつばをのみこんだ。和尚も村長も幸庵さんも、

これには驚いたらしい。あきれたように耕助の顔を見まもっている。清水さんはまたふう

んと不満の意思表示をした。

 早苗もびっくりして、さぐるような眼でしばらく耕助を見ていたが、やがて、

「どうぞ」

 と、口のうちでつぶやくようにいうと、みずから席を立った。

「早苗さん、大丈夫かな。そんなことをして病人の気にさわりはせんかな」

 村長が気づかわしそうにいった。

「ええ、静かにしていてくだされば大丈夫と思います。伯父さま、よく寝ていらっしゃる

ようでしたから」

「よし、じゃ、わしも行こう」

 和尚もやおら席を立った。

「清水さん、あなたもいらっしゃい」

 耕助がそう誘うたので、結局、村長と幸庵さんのふたりを残して、あとはみんな行くこ

とになった。

 耕助も座敷まではたびたび来たことがあるが、そこから奥へ入るのはこれがはじめてで

ある。うえから見てもわかるとおり、この家はまったく迷路のようであった。つぎからつ

ぎへとつぎ足した廊下は、おりるかと思えばまたあがり、うねりくねりと曲がっていて、

いかさま嘉右衛門さんの栄華のほどもしのばれた。途中でおいてけぼりをくらったら、果

たして無事にもとの座敷へかえれるかと思われるほどである。やがて廊下がつきて、その

さきに渡り廊下がついていた。

 ここまで来ると早苗は一同をふりかえって、

「ちょっとここで待っていてください。伯父さまの様子を見てきますから。……」

 そういいすてると、小走りに渡り廊下をわたっていった。

 耕助は渡り廊下の腰板にもたれて、物珍しげな眼でそとをながめている。霧はまたこま

かな雨となって、降るともなく、しとどに庭をぬらしている。その庭をこえたはるか向こ

う、いちだん小高くなったところに、こけらぶきの家が一軒たっている。それはいつか和

尚がうえから指さして、祈き禱とう所しよといったあの建物であるらしかった。耕助はそ

の祈禱所から順繰りに、庭をこえて渡り廊下のしたまで視線を落としてきたが、そこで、

なにを見つけたのか、ぎょっとしたように身を乗り出した。だが、ちょうどそこへ早苗が

かえってきたのである。

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