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冑かぶとの下のきりぎりす(4)
日期:2023-11-30 16:18  点击:237

「ああ、どうぞ。……でも静かにしてくださいね。伯父さま、よく寝ていらっしゃいます

から」

「ああ、ふむ、よう心得とる」

 和尚は早苗のあとについて渡り廊下をわたっていく。清水さんがそれにつづこうとする

と、耕助がぐいっと肘ひじをとって引きもどし、なにごとか耳のそばでささやいた。それ

をきくと清水さんはびっくりしたように眼をみはり、あわてて渡り廊下のしたをのぞい

た。

「じゃ……お願いしましたよ」

 耕助は清水さんをそこに残したまま、ひとりで渡り廊下をわたっていった。渡り廊下が

つきると、そこで廊下は鉤かぎの手に曲がっており、それを曲がったところに与三松の座

ざ敷しき牢ろうがあった。

 座敷牢、──と、こういうことばから、耕助がなにか陰惨な風景でも予期していたとした

ら、かれは失望しなければならなかっただろう。もちろん座敷いっぱいに太い格子がは

まっており、そのこと自身が陰惨であることはいなめないが、座敷のなかは思ったよりも

はるかに小ザッパリとしており、通風採光とも申し分がない、広さも十畳ぐらいはたっぷ

りあり、床の間もあるし床とこ脇わきのちがい棚だなも気がきいている。つまり廊下をへ

だてる格子さえなかったら、ふつうの──と、いうよりもむしろぜいたくな座敷であった。

おまけに、板戸をひらけばその向こうに、便所や洗面所もついているらしく、座敷牢とし

てはおそらく最上のものであろう。

 与三松はその座敷牢の中央に、枕まくら屛びよう風ぶを立てて眠っていた。ひげは少し

のびているが、髪は刈ってあるし、あかもついていないし、そうして静かに眠っていると

ころを見ると、気の狂った人間のようには見えなかった。仰向きに寝ている横顔や鼻のた

かいところが、復員船のなかで死んだ千万太によく似ている。

 早苗は格子のそとにぶらさがっている、うぐいす竿ざおのような長い竿をとりあげた。

その竿のさきには鉤かぎの手に曲がった金具がとりつけてあって、物をひっかけるように

できている。早苗はそれを格子のあいだから突っこむと、与三松の枕元にある盆の取っ手

にひっかけた。盆のうえには灰皿と煙草入れがのっかっている。早苗は竿をたぐって、す

るすると盆をてまえにひきよせた。格子をひらくまでもない用事のときには、彼女はいつ

もこうして用をたしているらしい。盆が格子のそばまで来ると、早苗は煙草入れをとり、

無言のまま、それを耕助にわたした。煙草入れのなかには煙草が六本、

「ついでに灰皿も……」

 耕助がささやくと、早苗はすぐ灰皿をとって耕助にわたした。耕助は灰皿のなかの吸い

殻を懐紙のうえにあけながら、

「この灰皿を掃除したのは……?」

「昨日の夕方、煙草を巻いてわたすとき……」

「そのときわたした煙草は二十本ですね」

 早苗はこっくりうなずいた。耕助はうれしそうにがりがり頭をかきまわしながら、

「ところが、ごらんなさい。煙草は六本、吸い殻は五つ、合計十一しかありません。それ

……」

 だが、そのときである。ふたりのささやきが耳に入ったのか、与三松がむっくり寝床の

うえに起きなおった。

「あら、伯父さま、……お眼覚めになりまして?」

「与三松さんや、気分はどうじゃな」

 和尚は大きな体で耕助の姿をかくすようにした。

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09/23 23:29
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