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冑かぶとの下のきりぎりす(6)
日期:2023-11-30 16:18  点击:307

「ええ、そうですよ、和尚さん、さっきぼくが清水さんと、寺に残っている足跡を調べて

いたことは御存じでしょう。ところがそれによく似た足跡が、たったひとつですが、渡り

廊下のしたに残っているのを、さっきぼくは見つけたんです。それで清水さんに調べても

らったんですが……」

 それをきくと和尚や幸庵さんはいうに及ばず、日ごろめったに顔色を動かしたことのな

い荒木さんまで、思わず大きく眼をみはった。

「そして……そして、それが寺にある足跡と、同じ足跡だというのじゃな」

 清水さんはぎごちなくうなずいた。三人は呆ぼう然ぜんとして顔を見合わせていたが、

やがて和尚がひざを乗り出すと、

「しかし、清水さん、そうするとこれはどういうことになるのじゃな。まさかあの気ちが

いが……」

 耕助はさぐるように了然さんの顔を見ながら、

「それはぼくにもわかりません。しかし、それがだれにしろ、昨夜たしかにこの家から、

千光寺へのぼっていったものがあるのです」

 和尚と村長と幸庵さんは、また茫ぼう然ぜんとした顔を見合わせている。……

「金田一さん、どうです。ちょっと駐在所へ寄っていきませんか。いろいろ御相談したい

こともあるから……」

 それから間もなく、三人をあとに残して表へ出ると、清水さんがそういって耕助を誘っ

た。霧雨はもうやんでいたが、相変わらず雲はひくく垂れさがって、いまにも雨が落ちて

きそうである。

「そうですね。じゃ、ちょっとおじゃましましょうか。電話はまだ通じないかしら」

 駐在所は坂をくだった部落のはずれにある。そこは島でもいちばんにぎやかなところ

で、村役場も清公の床屋もそこにある。二人が駐在所へ入っていくと、もう電気がついて

いた。

「おや、もうそんな時刻ですか」

「なに、お天気が悪いから、日の暮れるのが早いんですよ。お種たね、お種、お客さんだ

よ」

 清水さんの奥さんはお種さんといって、小柄な愛想のよいひとで、清水さんに似た好人

物である。しかし、そのお種さんは留守らしく、奥からはなんの返事もきこえなかった。

「はてな、いないのかな、いったいどこへ行きおった。……」

 清水さんはぶつぶついいながら、狭い通路をとおって奥のほうへ行ったが、しばらくす

るとけたたましい声がきこえた。

「金田一さん、金田一さん、ちょっとこっちへ来てください」

「はあ? どうかしましたか」

 狭い通路はトンネルのように暗かった。手さぐりでそこをくぐりぬけていくと、四坪ほ

どの庭があり、その庭の向こうに小さいながらもがっちりとした建物がある。留置場であ

る。

「清水さん、清水さん、どこにいるんです」

「こっち、こっち……」

 清水さんの声は留置場のなかからきこえる。耕助は何気なくそのなかへ入っていった

が、するとだしぬけにだれか、どんと背中を突いた。耕助は不意をつかれて、思わず二、

三歩よろめいたが、そのとたん、うしろのドアがばたんとしまって、いかにもうれしそう

な笑いごえがきこえた。

「し、し、清水さん、な、な、なにをするんです」

「まあ、よろしい。お気の毒じゃが、本署からひとが来るまで、しばらくそこで窮きゆう

命めいしてもらいましょう」

「し、し、清水さん、あなたは気でもちがったんじゃありませんか。どういうわけで、

ぼ、ぼ、ぼくを……」

「は、は、は、それはあんたの胸にきいてごろうじろ。どうもあんたの様子はおかしい。

風来坊のくせに探たん偵ていみたいにうそうそとほっつき歩いて……吸い殻だの、足跡だ

のと、わしの腑ふに落ちぬことばかりじゃ。まあまあ長いことじゃない。明日は電話が通

じて、本署からひとが来るじゃろう。それまでの御辛抱じゃ。特別のはからいで、夜具も

入れておいてあげた。いまに御飯も差し入れてあげる。まさか干し殺すようなことはない

で、大船に乗ったような気持ちでいなされ。はっはっは」

 清水さんはこれでやっと肩の荷がおりたというふうに、陽気な笑いごえをあげると、耕

助がなんといおうとも耳にも入れず、そのまま向こうへ行ってしまった。

「バカ、バカ、清水さんのバカ、あんたはとんでもない勘ちがいをしてるんです。ぼくは

そんなものじゃない。ぼくは……ぼくは……」

 しかし、もうなんといってもむだである。清水さんは耕助を、怪しきものと信じきって

いるのだし、第一、その場にいないのだからお話にならない。泣けど叫べどねえという歌

のとおりであった。

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