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第四章 吊り鐘の力学(1)
日期:2023-11-30 16:19  点击:244

第四章 吊り鐘の力学

 いかにそれがくせとはいえ、そのときの了然さんの放言は、いささか不謹慎のそしりを

まぬがれなかった。

 むざんやな冑の下のきりぎりす

 なるほどおもしろい見立てである。しかし、その比ひ喩ゆの突飛さがぴったりしていれ

ばいるほど、了然さんの、不謹慎なことばが、いっそう悪どいかげをひとびとの心におと

した事実はいなめなかった。

 了然さんはまさかこの恐ろしい事実を、茶化すつもりではなかったのであろう。つい、

日ごろのくせが飛び出したまでのことであったろう。……だが、そう思いながらも耕助

は、やっぱり、いやアな、不愉快な心の滓おりを払ふつ拭しよくすることができなかっ

た。

 死という事実はどんな場合にでも、厳粛であるべきはずである。その厳粛な事実を茶化

すがごとき言動は、どう考えても健全な趣味とは申されぬ。そのとき耕助の心にやどった

不愉快なかげは、不健全なもの、病的なものに対する憎しみと憤りから来ていたのであろ

う。

 一同の視線をあびて、了然さんもさすがに自分の失言に気がついたようである。大きな

手のひらでつるりと顔をさかさになでると、

「南な無む釈しや迦か牟む尼に仏ぶつ、南無釈迦牟尼仏……」

 と、口のうちでつぶやいて、神妙らしく取りすました。それでやっと耕助も、心の平静

を取りもどして、清水さんをふりかえった。

「とにかく、このなかに雪枝さんがいるとすれば、一刻も早く吊つり鐘がねをあげるくふ

うをしなければ……」

「いや、そのことですが……」

 清水さんはすっかりしょげかえって、ことばつきにも元気がなかった。

「いま、若いもんにいいつけて、準備させているところですて。竹蔵さん、まだ用意はで

きンかな」

「へえ、もう来ると思いますが……」

 竹蔵は小手をかざして、さっきからしきりに坂のしたをながめていた。

「竹蔵さん、どうやってこの吊り鐘をつりあげるつもりですか」

「どうやるて、ほかにしようはござりません。吊り鐘のまわりにやぐらを組んで、滑かつ

車しやをつかってつりあげますンで」

 漁村では重いものをつりあげる場合がよくあるから、こういう道具はそろっているので

ある。

「なるほど。……」

 耕助は、子細らしく小首をかしげながら、ぐるりと吊り鐘のまわりを歩いてみた。吊り

鐘は崖がけすれすれにおいてある。清水さんもそのあとについて回りながら、

「ところで、金田一さん。下手人は……」

 と、あいかわらず古風な言いかたをしながら、

「どうしてこの重いものを持ち上げたンでしょうな。まさかやぐらをくんだり、滑車をつ

かったりするはずはなし、また、そんなことをするひまもないが……」

 耕助は、吊り鐘のまわりを一周すると、

「ちょ、ちょ、ちょっと皆さん、もう少しうしろのほうへさがっていてください。そう、

そう、それでよござんす。そこからまえへお出にならんように」

 と、香具師やしの下っぱみたいに一同をあとずさりさせると、改めてあたりの様子をな

がめていたが、やがて、なにを思ったのか、むやみやたらと、髪の毛をかきまわしはじめ

た。

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