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第四章 吊り鐘の力学(4)
日期:2023-11-30 16:37  点击:309

 まったくそれは奇妙なメカニズムであった。吊り鐘はいま二十度ほど横に傾いて、一方

のふちが一尺七、八寸がとこ土から持ち上がっている。そしてそのまま、千番に一番のか

ねあいともいうべき、あぶない平衡を保っているのである。

 ひとびとのくちびるからまた大きなため息の合唱がもれた。ざわめきもまた、さきほど

よりひとしお大きかった。それも無理ではないのである。持ち上がった吊り鐘の下から、

派手な友ゆう禅ぜんの色彩が、におうようにのぞいている。一同の立っているところから

では、ひざだけしか見えなかったが、それだけで十分であった。雪枝は吊り鐘のなかに端

然と座っているのである。

「ほほほほほほ!」

 突然、たからかな笑い声をあげたのはお志保さんであった。一同はぎょっとしたように

そのほうを振り返った。お志保さんは、とげのある、毒々しい笑い声をつづけさまにあげ

ると、

「とんだ道どう成じよう寺じだこと。だけど、これ、あべこべじゃない? 鵜飼さん、あ

の吊り鐘へ入るのは、あんたの役じゃなかったのかい。吊り鐘のなかへかくれるのは、安

あん珍ちんの役ときまったものだわ。清きよ姫ひめが入るなんて手はないわ。だけ

……」

 と、そこでお志保さんははたと気がついたように、

「ああ、そうそう、そういえば雪枝ちゃんのおっかさんてひと、女役者だって話ね。そし

て道成寺の鐘入りがお得意で、……そこを与三松さんに見染められて、お妾めかけから後

のち添ぞいになったって話だったわね。そうすると親の因果が子にむくいってわけなの。

……そして……そして」

「お志保、黙ってろ」

 鋭い声でたしなめたのは儀兵衛どんである。しかし、お志保さんはそのままひっこんで

はいなかった。

「だって、だって、あなた、これが黙って見ていられると思って? いったい、これはな

んのなぞなの。雪枝ちゃんを殺すんなら、殺すだけでいいじゃないの。なんの酔狂で、道

成寺の見立てやなんかやるのよう。嘉右衛門さんがなんぼ茶人だって、あんまりだわ、あ

んまりだわ、あんまり人騒がせだわよ。みんな、気がちがっているンだ。そうよ、そう

よ、みんな気がちがっているのよう」

「お志保、静かにしないか」

 儀兵衛どんはまた一いつ喝かつ、鋭い声でお志保さんをたしなめると、

「皆さん、どうもすまんこって。お志保のやつ、ヒステリーを起こしゃあがって。なに、

これがこいつのくせなンで。口ではえらそうなことをいってるが、しんはごく臆おく病び

ようなやつですから、さっきから、おびえつづけていたのが、とうとう、こらえ切れなく

なったんでしょう、お志保、かえろう」

「いやよ、いやよ、あたしもっと見ているの。雪枝ちゃんが、どんな顔をして死んでいる

か見ているの」

 お志保さんはたしかにヒステリーを起こしたのである。うわずった眼の色が尋常ではな

かった。ことばつきがわかい娘のように甘ったれて、儀兵衛どんにとられた手を、ふりほ

どこうと地じ団だん駄だをふむ格好が、とんと駄だ々だっ子こであった。常日ごろ、技巧

たっぷりに取りすましたお志保さんしか知らぬ耕助の眼には、それがなんともいえぬほど

異様に見えた。なにかしら汚らわしい、病的なもののように映じた。獄門島では、だれも

が気が狂っている……清水さんがいったいつかのことばを、耕助はいまさらのように思い

出さずにはいられなかった。

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