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第四章 吊り鐘の力学(5)
日期:2023-11-30 16:38  点击:225

「お志保、それはなんのざまだ。鵜飼さん、おまえそっちの手をとっておくれ。清水さ

ん、用事があったらいつでも来てください。この儀兵衛は逃げもかくれもいたしませぬ。

鵜飼さん、しっかり手を握っていておくれよ。こうなったら手負い猪じしも同然、まるで

わやじゃ」

「いやよ、いやよ、あたし、……鵜飼さんのバカ、そこをはなしておくれ。あなた、あな

た……」

 お志保さんは子どものように地団駄をふんでいる。衣え紋もんがくずれて、髪が乱れ

て、とんと気ちがいである。左右からその手をとって、儀兵衛どんと鵜飼君が、ひきずる

ように坂を下っていった。

「いやよ、いやよ、鵜飼さんのバカ、そこをはなして……あなた、あなたったら……」

 お志保さんの声がしだいに遠くなって、やがて聞こえなくなったとき、一同は、ほうっ

としたように顔を見合わせた。

「ほ、ほ、ほ」

 了然さんはかるくふくみ笑いをすると、

「とんだ余興じゃったな。儀兵衛もあれには手をやきおるて」

 と、きたないものでも吐き出すような口ぶりだった。

「いやア、ああ、……それはそれとしてですね」

 清水さんはぎごちなくからせきをすると、耕助のほうへ向き直って、

「すると、つまり下手人は、こういうふうに吊り鐘の端を持ち上げておいて、そして、そ

のすき間から、雪枝さんの体を押しこんだと、こういうことになるんですな」

「ええ、ああ? そうそう……」

 ぼんやり考えごとをしていた耕助は、どぎまぎしながら、清水さんのほうをふりかえっ

た。そのとき耕助が考えていたのは、いま、お志保さんの口走ったことばの端である。

 雪枝の母は女役者であった。道成寺の鐘入りがおはこであった。そして、そこを与三松

に見染められて、妾になり、後のち添ぞいになったのである。……このことは耕助にとっ

て初耳であった。いや、このことのみならず、考えてみると耕助は、いままで一度も、月

代や雪枝や花子たち、三姉妹の母について聞いたことはなかった。そのひとは、ずいぶん

まえに亡くなったという話なので、まさかこんどの事件に関係があろうとは、いまのいま

まで考えたことはなかったのである。しかし、さっきのお志保さんのことばによると、そ

の事実こそ──月雪花三人娘の母親が、女役者である、道成寺の鐘入りを得意の芸にしてい

たという、その事実のなかにこそ、なにかしらこんどの事件の──この気ちがいじみた殺人

事件の、秘密の鍵かぎがあるのではあるまいか。……だがしかし、その事実はもう少しあ

とでゆっくり考えてみることにしよう。いっときに、二つのことを考えないものである。

「そ、そ、そうですよ。つまりですね。こうしてあの松の木でささえておくと、だれの手

をかりずとも、吊り鐘の端はしぜんと持ち上がっているでしょう? だから犯人はひとり

でも、……つまり共犯者なしでもけっこうこれだけの芸当を演ずることができたのです」

 しばらく一同はしいんと黙りこんでいた。そして、凍りついたように、吊り鐘の下から

のぞいている、派手な友禅をながめていた。ふたたびいう。陽は美しく照りかがやいてい

る。微風はそよそよと快く、一同の頰ほおをなでている。それにもかかわらずその場の光

景は、なにかしら地獄絵巻のようにドス黒く、グルーサムであった。

「雪枝さんは……雪枝さんは……生きたまま、生きながら……吊り鐘の下へ押しこめられ

たんでしょうか」

 それは早苗さんであった。思えば早苗は、お志保さんよりはるかに気丈な性質なので

あった。彼女のうけた打撃とショックは、お志保さんなどとはくらべものにならないほ

ど、深く、かつ大きかったはずである。それにもかかわらず彼女は、お志保さんのように

ヒステリーも起こさず、また、狂態も見せなかった。その代わりに、血の気をうしなった

彼女の頰は、いまにも生気が抜け出してしまいそうに、ケバ立って、さむざむとしてい

た。

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