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第四章 吊り鐘の力学(6)
日期:2023-11-30 16:38  点击:298

「御安心なさい」

 耕助はいたわりをこめた眼で早苗をふりかえると、

「雪枝さんは、生き埋めの恐怖だけは味わわずにすんだようです。のどのまわりに絞殺さ

れたような跡が……」

「だが、だが、お客さん」

 それは潮つくりの竹蔵だった。

「下手人はなんだって、雪枝ちゃんの体を吊り鐘のなかへ押しこんだんです。なぜ、殺す

なら殺すで、死し骸がいをそのままにしておかなかったんです。よりによって、こんなむ

ごたらしい。こんなあさましいことをなんだってしおったんです」

 しばらく耕助は黙っていた。ほのぐらい懐疑のかげが、さむざむとかれの体をつつんで

いる。耕助はそれからゆっくり首を左右にふると、抑揚のない声でこういった。

「それはぼくにもわかりません。犯人はなぜ花子さんを梅の枝に吊るしたのか、なぜ雪枝

さんを、吊り鐘の下へ伏せたのか、……ぼくにもまだわかりません。もし犯人が気ちがい

でないならば、そして、これらのこけおどしに、なにか深い意味があるならば、その意味

が解けるときこそ、事件のなぞが解けるときです。しかし、いまのぼくにはわからない。

なにもわかっていない。犯人は……犯人はバカか気ちがいとしかぼくには思えません」

 耕助はそういって、髪の毛をかきあげながら、深いため息をついた。

 そこへ若い者がおおぜい、てんでに丸太だの、滑車だの、綱だのをかついでのぼってき

た。

「金田一さん、わたしはあんたにすまんことをしたのかもしれん。それともあんたの人間

業でない、大きなペテンにゴマ化されているのかもわからん。しかし、……しかし、あん

たはゆうべたしかに留置場のなかにいなすったな。留置場の鍵かぎはわしがちゃんと、肌

身はなさず持っていたから、あんたがゆうべの事件に関係のないことは、わかりきってい

るほどようわかっている。それでもわしはまだ、あんたをはっきり信用することができ

ん。わしの頭はめちゃくちゃになってしもうた。それというのが、事件があまり変てこな

せいもあるが、ひとつには、金田一さん、あんたのせいもある。あんたはいったい何者

じゃ。吊り鐘の力学じゃなどと、あんたはどうしてあんなことを知っていなすったの

じゃ。あんたは掌たなごころをさすように、犯人のやりかたを再演してみせてくれた。ど

うしてそれがわかったのか、金田一さん、あんたは下手人か、それとも下手人の仲間じゃ

ないのか。金田一さん、金田一さん、ここできっぱり言うてください。下手人でないなら

ないと。……こんどの事件に関係がないならないと。……そうすれば、わしもあんたのこ

とばを信用することにして、少しは心も落ち着くかもしれん」

 やぐらは組み立てられ、吊り鐘は滑車で吊りあげられた。雪枝の体は取り出され、幸庵

さんが診察した。それによると、雪枝の殺されたのは、昨夜の六時から七時までのあいだ

で、死因は絞殺、凶器は日本手ぬぐい、あるいはそれに類したものであろうということで

あった。雪枝の体はそれから間もなく、竹蔵や若い者の手によって本鬼頭のほうへ運んで

いかれた。和尚の了然さんも典てん座ぞの了沢君も、それから村長の荒木さんも医者の幸

庵さんも、みんなそのほうへついていった。用事がすむと若い者も追っぱらわれて、あと

に残ったのは清水さんと耕助のふたりきりである。

 清水さんは崖がけの端に腰をおろして、しきりに爪つめをかんでいる。二晩眠らぬ夜が

つづいたので、げっそりと面おもやつれがしているうえに、この人らしい疑惑に身を責め

られているので、苦慮のほどはいたいたしいばかりであった。耕助はそっと清水さんの肩

に手をかけると、

「清水さん」

 と、静かにいった。

 清水さんはぼんやりと眼をあげた。

「清水さん、ぼくの眼を見てください」

 清水さんは耕助の眼を見た。

「それから、あの吊り鐘を見てください」

 清水さんは滑車でつりあげられた、吊り鐘を見た。その吊り鐘は、本署からひとが来る

まで、そのままにしておくつもりなのである。崖のうえにやぐらが組まれて、そこに吊り

鐘のぶらさがっている光景は、あの犯罪を知らぬ者の眼にも、なんとなく異様なながめで

あった。清水さんは思わず体をふるわせた。

「あの吊り鐘にちかっていいます。ぼくは、花子さん殺しにも、ゆうべの雪枝さん殺しに

も、なんの関係もありません。ぼくの眼を見てください。うそをいってるように見えます

か」

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