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海へ飛び込んだ男(1)
日期:2023-11-30 16:38  点击:308

  海へ飛び込んだ男

 清水さんはしばらく無言のまま、眼まじろぎもしないで耕助の眼を見つめていたが、や

がてふうっとため息を吐くと、

「金田一さん、わしはあんたを信ずることにしよう。あんたの眼は、うそをついてるよう

ではない。……しかし、……しかし金田一さん、あんたはいったいだれじゃ、どういう人

なのじゃ。なんの用があってこの島へ、……こんないまいましい島へ来なすったのじゃ。

わしにはそれがわからん。こんないやな、恐ろしいはなれ島へ……あっ!」

 不意に清水さんはすっくと立ち上がった。それから耕助のそばをはなれて、小走りに

崖っぱなへ出ると、小手をかざして沖のほうへ眼をやった。

 すぐ隣の、真鍋島の島影から、いましも一艘そうのランチが現われた。ポンポンポンポ

ンポン。──ポンポンポンポン──うすい水蒸気の輪を空中に吐きあげながら、ランチはお

だやかな海面をきって、こっちのほうへ進んでくる。それはいつもの連絡船、白竜丸とは

ちがっていた。

 この船影をみとめたとたん、清水さんの顔からは、いっぺんに憂色が吹っとんでしまっ

た。清水さんはひげだらけの顔に、真っ白な歯をむき出して笑うと、ギラギラと無気味に

かがやく眼で耕助のほうをふりかえった。

「金田一さん、あの船がどういう船か御存じかな。あれは水上署のランチですぞ。しか

も、あのランチには、磯川という古ふる狸だぬきの警部が乗っているはずじゃ。ほら、あ

んたを知っているという。……金田一さん、あんた、大丈夫かな。逃げえでもええかな。

いや、逃げようたって逃がしゃあせんがな。金田一さん、あんたにうしろぐらいことがあ

るなら、こんどこそ年ねん貢ぐのおさめどきですぞ。あっはっはっは!」

 清水さんはひげだらけの顔じゅうを口にして、世にもはればれと笑ったことである。

 警察のランチは沖に停泊する。船着き場からは迎えの舟が漕こぎ出していく。島の連中

がバラバラと、物珍しげに船着き場へ集まっていく。

 清水さんと耕助は、それを見ると大急ぎで坂を下っていったが、船着き場に立って、艀

はしけを待っているあいだに清水さんはしだいに落ち着きを失ってきた。耕助があまり落

ち着きはらっているからである。

「金田一さん、金田一さん」

 清水さんは無精ひげをつまぐりながら、不安そうに耕助を横眼でにらんで、

「あんたは磯川警部とどういうお知り合いじゃな。あのひとがやってきても大丈夫かな」

「ええ、まあ、大丈夫だろうと思うんですがね。しかし、清水さん、磯川警部はきょうこ

こへ来ることになっているんですか」

「たぶん来るじゃろうと思うんだが……電話をかけたとき、まだ笠岡にいるという話

じゃったからね。ああ、あれ磯川警部じゃないかな」

 ランチから数名の警察官がどやどやと、迎えの艀に乗りうつったが、三番目に乗りこん

だのは、たしかに磯川警部らしかった。

「ああ、なるほど、磯川さんらしいですね。あのひともずいぶん年をとられたようだ」

 耕助は一種の感慨をこめてそうつぶやいた。

 岡山県の農村で起こった、あの「本陣殺人事件」で、磯川警部が耕助と行動をともにし

たのは、昭和十二年の秋である。あれからすでに九年の歳月がながれているから、本来な

らばこのひとも、警視に昇進していなければならぬはずだったが、そのあいだに応召し

て、数年間を軍隊生活につぶしたために、昇進がおくれて、いまだに警部でとどまってい

るのである。しかし、その後、県の刑事課へ転勤して、いまだに県下でも古狸の警部とし

て、だいぶよい顔になっているらしい。その警部が意外に早く獄門島へやってきたのは、

例の海賊一件捜査のために、笠岡へ来ていたからである。

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