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忘れられた復員便り(1)
日期:2023-11-30 16:41  点击:239

  忘れられた復員便り

「なるほど、それが一昨夜、すなわち第一の犠牲者が殺されるまでのいきさつですね。と

ころで、昨夜の出来事は……?」

 興奮するとどもるくせのある耕助だが、落ち着いて話すときには、かなりたくみな話術

をもっている。かれは自分がこの島へついてから、一昨夜までの見聞を、簡単に、しかも

要領よく語ってきかせた。ただひとつ、かれをこの島へつれてきた、あの千万太の臨終の

ことばだけは、わざと省略して。……耕助にはなんとなく、まだその時期に達していない

ように思われたし、それを打ち明けることによって、島の住人のだれかに、どのような迷

惑がかかるまいものでもないと思ったからである。だから警部は、なんとなく奥歯にもの

のはさまったような顔をしていたが、それでも耕助が語り終わると、そういってあとをう

ながした。

「ところがね、警部さん。昨夜の出来事についちゃ、ぼくはてんで語る資格がないんです

よ。実は、大失態を演じましてね。なにしろ一昨夜の疲れがあるもんだから、昨夜は宵よ

いから、前後不覚に眠っちまって、けさまでなにも知らなかったんです」

「あなたが……? 眠っちまったあ……?」

 警部は疑わしそうに眼をみはったが、そのとき横から、世にも切なげな声で、ことばを

はさんだのは清水さんである。

「いや、ええ……、そのことについては、わたしがとんでもない思いちがいをいたしまし

て……そのまえに警部さんにお伺いいたしますが、この金田一さんというひとは、いった

いどういうお方なんですか」

「金田一君がどういう人物だって? そのことについては一昨夜、きみに話しゃしなかっ

たかね」

「はい、承りました。なんでもよほど重大事件の容疑者のようで……」

「重大事件の容疑者あ……? この金田一君があ?」

 警部は思わず眼玉をひんむいたが、つぎの瞬間、腹をかかえて爆発するように笑い出し

た。

「おいおい、清水君、きみはいったいなにをいっているんだ。この金田一君というひと

は……」

 と手短かに昔の関係を語ってきかせると、

「それできみはこのひとを、いったい、どうしたというんだ」

「それが、その……警部さんのくちぶりではよほど大物らしく思われたし……そこへ持っ

てきて、島へかえってみるとああいう事件で……そこで、万一をおもんぱかって、実は、

その……昨夜、むりやりに留置場へぶちこみましたので……」

 清水さんは穴があったら入りたそうである。

「このひとを……? 留置場へ……」

「いや、なかなかおもしろい体験でしたよ。あっはっは」

 と耕助は笑ったが、すぐまじめな顔になって、

「いや、これはわれわれがいけなかったんですよ。警部さんがはっきりぼくのことをいっ

てくれなかったのもいけなかったし、ぼくはまたぼくで、清水さんが妙な疑いを抱きはじ

めたのをおもしろがって、わざと焦じらせるようなことばを弄ろうさなかったとはいえな

いんですからね。まあ、自じ業ごう自じ得とくというところでしょう。もっとも、我が輩

はメイ探偵であるなんて名乗りは、ちとあげにくいですからな。あっはっは」

 と、耕助はそこでまた笑った。

 警部もいったんは、苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、耕助のおもしろそうな笑い

声をきくと、ついつりこまれて、

「あっはっは、正直者はこれだからかなわない。まあいい、まあいい、清水君、金田一さ

んは問題にしていらっしゃらないんだから、そう気にすることもあるまい。それじゃ、と

にかく、きみの話というのをきこうじゃないか」

「はっ」

 と、清水さんはまた軍隊式の返事をすると、あわてて手の甲で額の汗をぬぐった。それ

からしどろもどろの口調で、昨夜の経験を語りはじめたが、その話しぶりたるや磯川警部

や耕助が、なんども念を押したりききなおしたりしなければ、意味がわからないほど支離

滅裂であった。清水さんはすっかりあがっているのである。昨夜の失策もさることなが

ら、ききてはなにしろ、県下でも古狸といわれる警部さんと、その警部さんでさえ、一い

ち目もくおいてるほどの名探偵(おお、この男が名探偵! このもじゃもじゃ頭の貧相な

男が……と、清水さんは話のあいだにも、いくどか耕助の顔を見直したことだ)なのだか

ら、人のいい清水さんの逆上するのも無理はなかった。

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