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忘れられた復員便り(4)
日期:2023-11-30 16:43  点击:308

「雨のことが、ひどく気になる様子だが、なにかそれが……」

「そ、そ、それなんですよ、警部さん、それなんですよ」

 耕助は例によって、もじゃもじゃ頭をめちゃめちゃにかきまわしながら、

「いま、清水さんのお話をきいているうちに、ぼくはふと、妙なことに気がついたんで

す。というのは、雪枝さんの死体ですがね、吊り鐘を吊りあげたとき、雪枝さんの死体

は、ほとんどぬれていなかったんですよ。むろん吊り鐘の外へはみ出していた振り袖はビ

ショぬれでした。しかし、その他の部分はほとんどぬれていなかったんです。もっとも、

一昨日も雨でしたから、あの岩のあたりは、昨日一日じゅうぬれていたにちがいないし、

犯人は、あの吊り鐘の力学を演じるあいだ、雪枝さんの死体を、岩のうえに寝かせておい

たにちがいありません。だから、着物の背中にあたる部分は、じっとりと湿り気をおびて

いましたが、そのほかの部分はきれいに乾いていたんです。着物も髪も……これはいった

いどういうわけでしょう」

 磯川警部と清水さんは、驚いたように耕助の顔を見直した。それからしばらく、シーン

と黙りこんでいたが、やがて清水さんがどもりながら、

「それは……しかし……死体をなにか……合かつ羽ぱのようなものでくるんでおいたの

じゃ……」

「しかし、死体の背中はじっとり湿っていましたよ。いや、湿っていたのみならず、泥ま

でついていましたよ。それに、どんなに手ぎわよく押し込んだにしたところで、あの小さ

いすき間から、吊り鐘のなかへ死体を突っ込むには、相当手間がかかったにちがいない。

そのあいだどうしてぬれずに、すんだのでしょう。清水さん、雨は相当の降りだったんで

しょう」

 清水さんは力なくうなずいた。いよいよもってしょげかえった顔色である。

「なるほど、そうきいてみると妙ですね。金田一さん、それについて、あなたになにか考

えがありますか」

「ええ、まあ、たったひとつ、可能な場合が考えられますね。それは清水さんと村長が、

最初吊り鐘のそばをはなれて、分鬼頭へ行っていたあいだ。……さっきもいったとおり、

そのあいだに十四分という時間があるのですから、それだけあれば、犯人があれだけの芸

当を演じることも不可能じゃなかったと思います。清水さん、そのころには、雨はまだ大

して降っていなかったんでしょう」

「ええ、ほんのポツリポツリで……さっきもいったとおり、本降りになってきたのは、二

度目にそばをとおり過ぎたときなんで。しかし、金田一さん、そうすると犯人はわたしど

もが吊り鐘を調べて立ち去るのを、どこか近所で待っていたということになりますか」

「そうです、死体をかかえて……ね」

 と、耕助はそこで世にも深刻な顔をしたが、さらに、やりきれないというようなため息

を吐くと、

「ここで、注意しなければならないのは、幸庵さんのみるところでは、雪枝さんの殺され

たのは、それよりはるかまえということになっているんですよ。六時から七時までのあい

だ……これが犯行の推定時間でしたね。かりに七時ごろに雪枝さんを殺したとしても、な

んだってその時刻、八時四十分過ぎまで待たなければならなかったんでしょう。いやい

や、それよりも、なんだってそんな手数と危険をいとわず、あんなもののなかへ、雪枝さ

んの死体を押しこまなければならなかったんでしょう」

「フーン」

 と、磯川警部も鼻のおくから、これまた、世にもやりきれぬというようなため息を噴き

出した。

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