行业分类
忘れられた復員便り(5)
日期:2023-11-30 16:43  点击:276

「なるほど、きいてみると、実に奇々怪々な事件ですな。第一の事件といい、第二の事件

といい、まるで気ちがいの沙さ汰たですな」

「そうなんですよ。警部さん、まったく正気の沙汰じゃないのです。いや、話の腰を折っ

てすみませんでした。それじゃ清水さん、さっきのつづきをお願いしましょうか」

「は、いや、つい、うっかりしていました。で、……吊り鐘のそばをとおり過ぎるとき、

ザーッと雨が降ってきた、と、いうところまでお話しいたしましたね、そうです。相当の

降りでした。わたしども、その雨のなかをおかして、声のするほうへ駆けつけたんです

が、すると、つづら折れの下で、寺からおりてきた了沢さんや竹蔵に出会ったんです。あ

のふたりも幸庵さんの叫びをきいて、びっくりして駆けつけてきたんですね。そこでふた

りを加えて一行七人、声のするほうへ駆けつけると、幸庵さん、谷の途中にひっかかっ

て、助けを呼んでいるんです。そこでわたしと竹蔵が、谷へおりて、幸庵さんを助け起こ

したんですが、見ると幸庵さんの左腕がブランとぶらさがっている、おまけにわあわあ

と、泣いているのか、どなっているのか、わけのわからぬことを叫び立てるには、わたし

たちもすっかり度ど肝ぎもを抜かれたというわけです」

「なるほど、幸庵さんが変な男を見たというのはそのときですね。だが、その話をきくま

えに、幸庵さんがどうして本鬼頭をとび出したのか、それからお願いしたいのです

が……」

「それは、あの愛あい染ぜんかつらのためだそうです」

「愛染かつら?」

 耕助と磯川警部は思わず眼をまるくして、清水さんの顔を見直した。

「そうなんです。まえの晩、花ちゃんが家をぬけ出したのは、愛染かつらの洞うろにあっ

た、鵜飼という男の手紙を見つけたからですね。幸庵さん、そのことを思い出した。そこ

でまた、今夜雪枝ちゃんがぬけ出したのも、愛染かつらに曰いわくがありはしないか……

と、そんなふうに考えたんですね。そこで、和尚や早苗さんがとめるのもきかず、ふらふ

らと本鬼頭をとび出したというわけです」

「なるほど、それで……?」

「金田一さんは御存じですが、愛染かつらの木というのは、谷の途中に生えている。幸庵

さんはそこで谷へおりて、愛染かつらを調べてみたが、これはなんの変わりもなかった。

洞のなかには、別に鵜飼さんの手紙もなかったそうです。ところが、幸庵さんがそうし

て、谷の途中で愛染かつらを調べていると、ふと足音がきこえてきたというんです。しか

もその足音は、本鬼頭のほうから坂をのぼって、こっちのほうへ曲がってくる。幸庵さん

それでおやっと思ったわけです」

「ちょっと待ってください。その足音はたしかに本鬼頭のほうからきこえてきたというん

ですね」

「そうです。幸庵さんはそういうんです。いや、そればかりではない、あとから考えると

その足音は、本鬼頭の裏木戸から出てきたように思われる……と、こういうんです。さっ

きもいったとおり、昨夜は西風だったところへ、本鬼頭はあの谷より、西にあたっている

から、小さな物音でも、わりにはっきりきこえたんですな」

「本鬼頭の裏木戸から……?」

 耕助はどきっとしたように眼をそばめた。その瞬間、稲いな妻ずまのようにさっと耕助

の頭をとおり過ぎたのは、座ざ敷しき牢ろうにいるあの気ちがいのことだった。

「ええ、そうです。だから幸庵さんはいっそう変に思ったんですな。本鬼頭にそのとき

残っていたのは、和尚の了然さんに早苗さん、勝野さんに月代さん、ほかに気ちがいがい

るばかり。それらの連中のだれにしろ、ひとりで家をとび出そうとは思えない。そこへ

もってきて、その足音というのが、どうやら靴をはいているらしいので、幸庵さんはいよ

いよ怪しんだ。そこで谷からはいあがると、足音のちかづいてくるのを待ち伏せていた。

そしてそいつがそばまで来たとき、いきなり声をかけたんです。すると相手はびっくりし

たように、踵きびすをかえして逃げようとする。幸庵さん、いよいよ曲くせ者ものという

わけで、夢中であとからとびついたというわけです」

「なるほど、そこで格闘があったわけですね」

「そうです、そうです、幸庵さんが救いを求めたのもそのときなんで。そうしてしばらく

もみあっていたが、なにしろ幸庵さんはあのとおりの年寄りだし、力だってあるほうじゃ

ない。おまけに酒に酔うているンだから、こりゃあかないっこありませんや。逆に腕をね

じあげられ、谷底めがけて突き落とされたはずみに、ポキッと左腕が折れたというわけで

す」

 清水さんはそこまで語ると、ふっと口をつぐんで、ふたりの顔をながめている。耕助は

黙って考えている。磯川警部も無言である。こうしてしばらく、なにかしら奥歯に物のは

さまったようなぎごちない沈黙が、三人のあいだを交流したが、やがて耕助が静かに口を

ひらいた。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/23 21:31
首页 刷新 顶部