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忘れられた復員便り(8)
日期:2023-11-30 17:56  点击:234

「やあ、御苦労さま、笠岡から前田さんが来て、いま、みてもらっているところです」

「ああ、そう、それはちょうど幸いだ。じゃ、前田君にも手伝ってもらおう。被害者はふ

たりだって?」

「ええ、姉妹なんですがね。どうもいやな事件でしてね」

 入り江まで迎えに出た磯川警部と木下博士とのあいだに、そんな会話の交わされている

のを、耕助はぼんやりうしろできいていた。それから一行について本鬼頭へむかったが、

途中、黙々として、なにやら深く考えこんでいた耕助は、なにを思ったのか急に顔をあげ

ると、ならんで歩いている清水さんをふりかえった。

「ところで、清水さん、昨日あなたが本鬼頭へ行かれたのは、かっきり六時半だったと

おっしゃいましたね」

「ええ、そうです。向こうへ着いたとき、なんの気もなく腕時計を見たので、はっきりお

ぼえているんです」

「あなたの時計は合っていますか」

「だいたい合っていると思いますがな。わたしは毎日ラジオに合わせるんで、狂っていた

としても、一分か二分でしょう。なぜですかな、金田一さん」

「いや、それではあなたは、かっきり六時半に本鬼頭へ着いたんですね。ところでそのと

き、本鬼頭ではラジオをかけていましたか」

「ラジオ?」

 と、清水さんは眼をまるくして耕助の顔を見た。

「ラジオがどうかしましたかな」

「あそこのうちでは、ラジオをかけていると、玄関へ入ってすぐきこえますね。昨夜はど

うですか。きこえていましたか」

 清水さんはちょっと首をかしげたが、

「いいや、きこえていませんでした。ラジオはかかっていなかったようです」

「それでは、それから後、あなたがたが雪枝さんを探しに出かけた時刻、つまり八時半ご

ろですね。そのあいだにだれかラジオをかけたものがありますか」

 清水さんはいよいよ不思議そうに、耕助の顔を見直した。

「いいえ、だれもラジオをかけたものはありませんよ。どうしてですか、金田一さん」

「きっとですね」

「ええ、絶対に。……ラジオをかければすぐきこえるはずじゃありませんか。しかし、金

田一さん、それはどういう意味ですかな。ラジオをかけるとか、かけないとか、……それ

がなにかこんどの事件に……?」

 さきに立った磯川警部も、ふと足をとめると、さぐるように耕助の顔をふりかえった。

 耕助はぼんやり首を左右にふると、

「いえね、六時三十五分にだれもラジオのスイッチを入れなかったとすると、これは、い

ささか妙に思われるんです。なぜって、その時間は、復員便りの時間だし、早苗さんは兄

さんの一君の復員を待ちわびて、一日だって復員便りを欠かしたことはない。それだのに

昨夜に限って、忘れたのか、それともわざときかなかったのか、ラジオのスイッチを入れ

なかったとすると……そこになにか、意味があるのかないのか……ぼくはそのことを考え

ているんです」

 耕助はなぜか暗い眼をして、磯川警部の顔を見た。その眼つきは、警部の顔を見なが

ら、しかもその実、なにも見ていない、と、いうふうなどこか放心したような眼つきで

あった。

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