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第五章 お小さ夜よ聖しよう天てん(2)
日期:2023-12-01 13:52  点击:309

「親方、それじゃまるで芝居の筋書きだね。昔のお家騒動みたいじゃないか。さしずめぼ

くの役回りは悪家老というところか」

「その代わり、色男にできてまさあ。お部屋さまなんかに想おもわれてね。加か賀が騒動

の大おお月つき内く蔵ら之の助すけ、黒田騒動の倉くら橋はし十じゆう太だ夫ゆう、芝居

ですと、みんな水の垂れるような男ぶりだ」

「親方」

 耕助の声こわ音ねが急にかわった。いくらか呼吸がはずむ感じで、

「島の住人というやつは、みんなそんなふうに、芝居がかりにものを考えるのかね」

 いつかの清水さんの話もある。耕助はなんとなく、現実ばなれのした、講談まがいの島

の人々の考えかたに興味をそそられたのである。

「いえ、いつもそうだってわけじゃありませんがね。芝居はみんな好きですね。なにしろ

死んだ嘉右衛門さんてひとが、大の芝居好きときていた。旦那は御存じかどうかしりませ

んが、讃さぬ岐きのこんぴら様に、古い芝居小屋が残っている。なんでも天てん保ぽうか

嘉か永えいかに建った小屋だとかで、大阪の大西の芝居、それをそっくりそのまままねて

建てたやつが、いまだに、残っているんでさ。日本でもいちばん小さい芝居小屋だそう

で、由緒ある古式やなんかも、ま、いろいろ残っている。だから、上かみ方がた役者なん

かでも、相当なのがやってくるんです。嘉右衛門さんはこの芝居がごひいきでね、よい芝

居がかかると、八梃ちよう艪ろをとばして見物にいったもんです。なんしろ豪勢なもんで

したね。桟さ敷じきやなんか買い切りで、自分の手につく漁師なんかに大盤ぶるまいでさ

あ。あっしなんかも、清公清公とかわいがられまして、いつもお供を仰せつかったもんだ

が、いや、夢だね、まったく。あんな全盛はもう二度と来ますまいよ」

「なるほど、それできみは本鬼頭びいきだね。よっぽどうまくお太たい鼓こをたたいたと

みえる」

「いや、そういうわけじゃありませんが、あっしゃこれで雑ざつ俳ぱいをやる。雑俳……

御存じですか。雑俳にもいろいろあるが、あっしの凝ったなあ冠かむりづけ、冠かん句く

というやつですね。若えころこいつに凝って、連中なんかつくって、久佐太郎先生に点を

つけてもらったりしたもんでさ。冠句じゃなんたって久佐太郎先生がいちばんですから

ね。ところが、中国というところは、雑俳のさかんなところでしてね。ひところは冠句の

雑誌だけでも、十幾つと出ていたもんでさ。雑俳雑俳とひとくちにいいますが、あっしな

んかがやったのは川柳みたいにふざけたもんじゃねえ。ごくしんみりしたもんで、いい句

になると発句とかわりゃしませんや。いつかあっしの天に抜けた句なんぞも、……いや、

そんなことはどうでもようがすが、嘉右衛門さんというひとが、なにしろ太たい閤こう殿

下だから、遊ぶことならなんでも好き。発句もやるが、発句よりゃあ雑俳のほうが好きな

ひとでしたね。自分でも極門という雅号をもっていて……」

 ああ、そうか……と、耕助ははじめてわかったような気持ちだった。いつか判読にくる

しんだ屛びよう風ぶの色紙、みみずののたくったようなあの文字は、なくなった嘉右衛門

翁の筆跡だったのか。

「極門──つまり、獄門島をもじったんですね。あのひとは、獄門島のぬしだったから……

で、ま、よく運うん座ざやなんかやったもんだが、そういう席にゃ、清公がいなきゃあお

さまらねえというわけで、なんしろ、こっちは本場をふんでるから、宗匠気取りでさ。

で、まあ、いろいろとごひいきにあずかったというわけでさあね」

「なるほど、嘉右衛門さんというひとがそういうひとだったから、つまり、そんなふうに

芝居好きだったから、それで与三松さんも女役者を後のち添ぞいにしたわけだね」

 実はこの質問は、さっきから切り出したくてうずうずしていたのである。月雪花の三人

娘の母なるひと、そのひとについて耕助は、けさから深い関心を持ちはじめていた。だれ

かにきいてみたくてしかたがなかったのである。しかしおよそ聞き込みというものは、正

面切って切り出しては効果の薄いものである。ことに自分の身分を知られてしまったいま

となっては、どんな質問も一応相手に警戒をあたえるであろうから、果たして真実がひき

出せるかどうか疑問である。だからこの際も、できるだけしぜんに切り出すために、いま

まで機会を待っていたのだが、果たして床屋の清公は、すぐその手に乗ってきた。

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