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第五章 お小さ夜よ聖しよう天てん(3)
日期:2023-12-01 13:53  点击:279

「いや、それはちがいます。ええ、そりゃあ、ま、嘉右衛門さんが芝居好きだったからこ

そ、あんなことになったんですが、お小さ夜よさん──お小夜さんてのがその女の名前です

がね、芸名はなんていったか知りません。そのお小夜さんに与三松の旦那が手をつけて、

妾めかけにしたときにゃ、嘉右衛門さんは大立りつ腹ぷくの大反対だったそうですよ」

「きみはそのお小夜さんてのを知っているのかね」

「へえ、あっしが島へ来たころはまだ生きていましたが、半年もたたぬうちに亡くなった

ので、よくは知りませんがね。もっともうわさはいろいろきいてまさあ」

「なんでも道どう成じよう寺じの踊りが得意で、そこを与三松さんに見染められて、お妾

になったというじゃないか」

「ええ、そう、得意なのは道成寺に狐きつね忠ただ信のぶ、葛くずの葉は、……と、そう

いった変へん化げ物ものをおはこにしていたという話です。それが一座をつくって中国筋

を流れているところを、嘉右衛門の旦那がうわさをきいて、一座をまるごかしに島へ買っ

てきて芝居をさせた。なんでも本鬼頭の庭に舞台をつくって、そこで道成寺を踊らせたん

ですね。ところがそれに与三松の旦那が惚ほれて手をつけた。こりゃあしかし、嘉右衛門

さんが立腹するのが無理でさあね。与三松の旦那にしてみれば、ちょうどせんのおかみさ

ん、つまり千万さんのおふくろさんですな、そのおかみさんをなくしたばかり、閨ねや寂

しさをかこっていたおりからだ。きれいな女役者にお世辞のひとつもいわれてごらんなさ

い。よだれを流して、手が出るのはあたりまえ、猫に鰹かつお節ぶしというのはこのこと

で、なんたって、こればっかりは、嘉右衛門さん一世一代の大しくじりでしたね」

「嘉右衛門さんは、しかし、なぜその婦人に反対したんだね」

「そりゃあ、旦那、いうまでもありません。相手はどこの馬の骨か牛の骨かわからねえ女

役者だ。こっちはこれでも島一番の網元。それに島の連中というやつは、氏うじ素す性じ

ようが知れていても、なかなか他国の人と縁組みはしねえもんです」

「それじゃ、お小夜さんというひともたいへんだったろう。太閤さんににらまれちゃア

ね」

「そうですとも、ところがこいつ嘉右衛門さんににらまれて、ちぢみあがるような、しお

らしい女だったらまだよかったんですが、どっこい、なにしろ海千山千のしたたかもの。

与三松の旦那にいろいろ知恵をつけるから、さあいよいよたいへん、これじゃまるく納ま

るものも納まりっこありませんや。与三松の旦那は、なんしろ阿あ魔まに鼻毛をよまれて

るんだから、女のいうことをなんでもきく。だもんだから、同じ屋根の下に住みながら、

すったもんだと親子のあいだで、血で血を洗うようないさかいが絶えなかったという話

で、なんでも一時は、与三松の旦那が嘉右衛門さんを押しこめて、本鬼頭の家を乗っとる

んだといううわさまであったくらいだそうで、その時分にゃあ、さすがの嘉右衛門さんも

狐の勢いにおされて、いっぺんに年をとったといいますぜ」

「ふうん、すると女のほうも相当なもんだね」

「そうですとも、だからあいつがあれさえやらなきゃ、いまごろは本鬼頭、与三松旦那の

ものになって、お小夜も網元のおかみさんでいばっていられたんです」

「あれ……? あれってなんだい」

「御ご祈き禱とうでさあ」

「御祈禱……?」

 耕助は眼をまるくすると同時に、はっと胸をとどろかせた。さっきの月代のいでたち

が、稲妻のように脳裏をつらぬいたからである。

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