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第五章 お小さ夜よ聖しよう天てん(4)
日期:2023-12-01 13:53  点击:315

「そうです。旦那も御存じでしょう。本鬼頭の奥庭に、変な建物がありましょう。あれ、

与三松の旦那が、女房のために建ててやったもんだそうで、このお小夜という女、どこで

おぼえたのか加か持じ祈禱をやるんです。あっしが来たころにゃあもう半病人でやめてし

まいましたが、ひところは大した勢いで、まるで静しずか御ご前ぜんか仏御前みたいな格

好をして、鈴をふり、香をたきながら、生い駒こまの聖しよう天てんさんも河かわ内ちの

聖天さんも、みんないであい候そうらいたまえ、こっちは何歳寅とら年どしの女でござり

ます。……てなことをやるんだそうで」

 耕助は思わずプッと吹き出した。

「なんだい、そりゃあ……」

「なにが……?」

「だって、聖天さんといやあ仏様の親類だぜ、それをいまききゃ、お小夜さんの風ふう体

ていは巫み女こみたいじゃないか」

 さっきの月代の風体も、比び丘く尼にというよりは巫女であった。

「そんなこと、かまうもんですか。加持だの、祈禱だのってやつは、できるだけもったい

ぶったほうが信用がある。お小夜のやつ、どこでおぼえたのか、きっと旅役者をして国々

を遍歴しているうちに、そんなまねをならいやあがったんですね。まつってたなあたしか

に聖天さんだといいましたよ。ところがこいつが利きくんです。いや、ま、利くという評

判なんですね。腹がいたいの、おできができたの、それに若いもんが多うがすから、変な

病気なんかもらってくる。そいつがお小夜に拝んでもらって、ほら、生駒の聖天さんも河

内の聖天さんもいであい候いたまえ、こっちは何歳何年のなにがしでござります、と、や

られて、怪しげなお水かなんかもらってくると、不思議によくなるという評判。で、与三

松の旦那は申すに及ばず、島にもだんだん信者がふえる。しまいにゃほかの島々からも、

おがんでもらいにくるというわけでたいへんな繁盛。これがいけなかったんで、お小夜に

とっちゃ、こいつが破滅のもとだったんです」

「はてね、どういうわけだね、信者がふえて繁盛ならけっこうじゃないか」

「そりゃ、ま、一応そう見えますが、お小夜のやつ図に乗って、千光寺の和尚さんにわた

りをつけておくのを忘れやあがった」

「あっ、なあるほど」

「和尚さんにしてみればおもしろかあありませんやね。それまでは吉凶につけて、寺へ駆

け込んだ連中が、いつの間にやらみんなお小夜聖天さんの信者になっちまやあがった。和

尚さんはしかし、ああいう大たい腹ふくのひとだから、はじめのうちは苦笑いして、見て

見ぬふりをしていなすった。ところがお小夜のやつ繁盛につけて、おいおい増長、勢いあ

たるべからず、しまいにゃあなんとか教の御教祖様になるんだとか称して仏様と神様とを

いっしょくたにしたような教えをでっちあげ、おいおい寺をないがしろにする。さあ、そ

こでさすがの和尚さんも、堪忍袋の緒を切んなすった。あのひとは大腹なひとだが、大腹

なひとだけにいったん思いたったら恐ろしい。お小夜聖天教、これ撲滅せざるべからず

と、決然と立ちあがったからさあたいへん」

「おもしろいな、親方、きみはなかなか話がうまい」

「おだてちゃいけません。とにかくそういうわけで、和尚を敵にまわしたのが破滅のも

と、信者をとられたからって、なんたって長い伝統がありまさあ。寺の勢力というものは

一朝一夕に抜けるもんじゃありません。そこを見抜けなかったのか、かしこいようでも女

だ、お小夜の不覚のもとだったんですね。和尚はそれまで嘉右衛門さんと与三松さんのけ

んかにも、中立の態度をとっていたのが、ここにいたって、断然嘉右衛門さんの味方に

なった。つまり同盟を結んだんですな。こうなりゃお小夜、いかに才気ありとも、所しよ

詮せん勝ち味はありませんや。島へ来て、お寺と網元に楯たてついちゃおしまいです。

で、お小夜聖天、だんだん旗色が悪くなった。旗色が悪くなるにつけ、あせり気味になる

んですね。おいおい変なことをいい出した。いまに大津波が来て、島をのんでしまうぞよ

とか、摺鉢山が真っ二つにわれて火の雨が降るぞよとか……こうなると島の連中がいかに

バカでも、気味悪がっておいおい寄りつかなくなる。なんしろ、しまいにゃ、性根を焼き

直さねばいかなる御祈禱も効き目がないぞよとかなんとかいって、信者の顔に焼け火ひ箸

ばしをあてるという騒ぎまであったそうで、つまり気が変になったんですね。そこでえた

りやおうと嘉右衛門さんが、家のなかに座敷牢をつくってぶちこんでしまった。つまりこ

れでお小夜聖天完全なる敗北でさあ」

「ふうん、それで与三松さんはどうしたんだね」

「与三松さんは、あなた、嘉右衛門さんからみると、人間がひとまわりもふたまわりも小

さい。元来、嘉右衛門さんに楯つけるようなひとじゃねえんです。お小夜という軍師がつ

いていたからこそ、それまでいろいろやっていたが、軍師が座敷牢へぶちこまれちまっ

ちゃ、羽根をうしなった鳥、牙きばを抜かれた獣も同然、おやじに対して全然歯が立ちま

せんや。それでも当座は、座ざ敷しき牢ろうからお小夜をぬすみ出したりなんか、いろい

ろ悪あがきをしていたそうですが、そのうちにお小夜は狂い死んでしまう。それでがっか

り気落ちがしたのか、それから間もなく、与三松さんも気が変になって、こんどは自分が

座敷牢のごやっかいになるという始末。いや、本鬼頭も変な女を背負いこんだばかりに、

因果がながくつづきますよ」

「つまり、そのお小夜さんというのが、三人の娘の生母なんだね」

「そうです、そうです。あの女に子どもが生まれたのは不思議だと、みんな言ってました

よ。旅回りの女役者、芸を売るだけじゃやっていけず、体をよごすような場合だってずい

ぶんあったろうが、それでよく子どもができたもんだというんですが、子どもを産んだの

が仕合わせかどうか、なんしろ三人が三人とも、あのとおりの娘ですからねえ。しかし、

お小夜という女、べっぴんはべっぴんだったそうですよ。険のあるのが難だが、鼻のぴん

と高い、眼の大きい、全盛のころにゃすごいような器量だったそうです。残念ながらあっ

しゃその時分を知りませんがね。あっしの来たころにゃ、もう座敷牢へ入れられていて、

いっぺんだけ牢をぬけ出してあばれているのを見たことがありますが。その時分にゃ、昔

の面影は見るよしもなく、まるで鬼ばばあでしたね」

「いや、ありがとう。なかなかおもしろい話だったよ」

 耕助は礼をいったが、そのときだった。突然峰々をふるわせて、きこえてきたのはピス

トルの音、つづいて二発、三発──わっと鯨と波きの声が谷から谷へとどろきわたる。

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