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駒こまが勇めば花が散る(1)
日期:2023-12-01 13:56  点击:296

  駒こまが勇めば花が散る

 夜がふけるにしたがって、ひろい座敷の、しらじらとした寒さが身にしみる。

 お通夜のあいだはまだよかったが、お開きになるとともに、分鬼頭の一家はかえってい

く。村長の荒木さんは山狩りの模様が気になるからと出かけていく。和尚の了然さんまで

が、リューマチがいたむといって寺へひきあげ、あとに残された山羊ひげの幸庵さんと、

典てん座ぞの了沢君のふたりきり。こうなると了沢君、羽毛をむしられ裸にされた鶏のよ

うな心地だった。さむざむとした心細さが身にしみるのである。

「幸庵さん、幸庵さん、あなたそんなに飲んでもよいのでござりますか。おけがにさわり

はいたしませんか」

「ええて、ええて、大丈夫じゃて。酔うと忘れる。痛さも忘れる。憂いも辛いも忘れる

じゃて、ケチケチしゃんすな。おまえのふところがいたむわけでもあるまいがな。あっ

はっは」

「いいえ、酒を吝おしむではござりませぬ。そんなに召し上がってはおけがにさわりはし

ないかと思うて……それに今夜はただの晩ではござりませぬ」

「ただの晩ではない……あっはっは、そんなこと、おまえにいわれるまでもない。この幸

庵、ようく心得とる。今夜は雪枝と花子のお通夜の晩じゃ。な、そうじゃろ。さればに

よってこの幸庵、仏ほとけの冥めい福ふくをいのってかく酩めい酊ていつかまつるう……

じゃ。あっはっは」

「いえ。そのことではござりませぬ。わたしがいうのはそのことではござりませぬ」

「そのことではない? はて、そのことでないとすると、なんのことじゃな」

「幸庵さんはお忘れでござりますか。さっき警部さんや金田一さんが出ていきがけに、な

んと言うてお頼みでござりました。あとのことはよろしく頼む。わけても月代さんに気を

つけてと。……」

「あっはっは、なにかと思えばそのことか。そのことならば、了沢や、なにも気づかうこ

とはないぞよ。この幸庵、肝きもに銘じてようく覚えとるて」

「でも、そんなに召し上がっては……」

「ええて、ええて。大丈夫金かねの脇わき差ざしじゃ。酒は飲んでも飲まいでも、勤める

ところはきっとつとめるこの幸庵……あっはっは、了沢さんや、頼む、拝む、勝野さんに

言うてな、もう一本。……もうこれきりじゃ。これでよす。だれがなんて言うてもこれで

おしまいじゃ。さればによってもう一本、いや、もう半本。……頼む、拝む、これ了沢」

 いわゆるあとひき上戸というやつである。飲まねば飲まぬですむのだが、ひとくち杯さ

かずきをなめたが最後もういけない。もう一杯、もう半杯がかさなって、やがてもう一本

になり、半本になり、あげくの果てにはずぶずぶの、前後不覚に寝てしまう。そこまでい

かねば、飲んだような気がしない幸庵さんなのである。

「あれ、幸庵さん、冗談じゃない。あなた、まだ召し上がるおつもりでござりますか」

「そのとおり、そのとおり、まだ召し上がるおつもりじゃ。これ、了沢、そんな邪険な顔

をしないで、ひとはしり台所まで上じよう使しに行ってくれ。御上使のお入りイ、ヒ

ヤー、テンテン。これはこれは御上使さまには、遠路御苦労に存じまする。して、御用の

おもむきとは……いやなに、勝野どの、上使のおもむきようくきかれい。村瀬山や羊ぎ髯

ひげ之の守かみ幸庵どのには、今宵のもてなし、御ぎよ感かんあって、ぜひともいま一本

御所望とある。早々つけて持ってまいれ……とな。あっはっは。あれ、なんじゃ、了沢、

なんでそんな怖い顔をするのじゃ。ああわかった、そのほうお勝とぐるになって、この幸

庵をほし殺そうというのじゃな。ええわ、もうよい、もう頼まぬ。うぬらがそんなに吝お

しむなら、幸庵じきじきに出向いていって、樽たるごと飲まにゃア承知ができない。

……」

 幸庵さん、片手を畳について尻しりからさきに、やっこらさと起きあがったが、なにし

ろひどく酔うている。それに左がつかえないから中心がとれない。起きあがったと思うと

脚がもつれて、ドスンバタンとしりもちついて、

「あ、いたたたたた!」

 了沢君はため息ついた。

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