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駒こまが勇めば花が散る(2)
日期:2023-12-01 14:03  点击:303

「幸庵さん、あなたは情けないひとですね。酔わないときのあなたは、ほんとうによいひ

となのだが……しかたがない。それじゃわたしが行ってきます。その代わり一本ですよ。

一本こっきりですよ。もうどんなにあとねだりしてもあたしは知らないから……」

 泣く子と酔っぱらいには勝てないのである。了沢がふしょうぶしょう銚ちよう子しをさ

げて台所へ来てみると、お通夜のあとの洗いものを山とつんだ台所で、勝野さんがひとり

うろうろ、なにか探しているところだった。

「おばさん、なにをうろうろしているんです」

「ああ、了沢さん、あんたミイを知りませんか」

 ミイというのは勝野さんの愛猫である。生涯に一度も子どもを産まなかった婦人の常と

して、勝野さんは日ごろから、猫をわが子のようにかわいがっている。

「ミイ……? 知りません。どこかへ遊びにいったんじゃありませんか。お勝さん、すみ

ませんが、もう一本つけてくださいませんか。幸庵さん、あとひき上戸で困ってしまう」

「あれ、幸庵さん、そんなに飲んでもいいのかしら。きっとまたずぶずぶになってしま

う。留守番にもなにもなりゃあしない」

「ええ、わたしもそれをいうんですが、ああなっては手がつけられない。駄だ々だっ子も

同じですもの。あと一本でやめさせますからつけてあげてください」

「ほんとにあのひとの酒も因果なことで……」

 ブツブツいいながらお勝さんは酒をつけている。了沢はうすぐらい台所のなかを見回し

ながら、

「おばさん、早苗さんは?」

「早苗さん? おや、あのひとは座敷じゃなかったの」

「いいえ」

「まあ、わたしは座敷にいることだとばかり思っていた。それじゃ奥へ行って寝ているん

でしょう。わたしがこんなに忙しくしていることを知ってるくせに、少しは手伝ってくれ

たらよいのに」

 お勝さんはうらめしそうに愚痴をこぼしながら、ガチャガチャと大きな音をさせて皿さ

ら小こ鉢ばちを洗っている。

 了沢はふいと胸にきざしてくる不安を覚えた。早苗さんはこんな場合、勝手に奥へひっ

こんで、寝てしまうような娘ではない。

「おばさん、早苗さんはいつごろから見えないのです」

「いつごろからって……そうそう、和尚さんがおかえりになるのを玄関まで見送って出

て……それから見ませんよ。わたしはお座敷のほうにいることだとばかり思っていた。了

沢さん、早苗さんになにか御用?」

 お勝さんには早苗の姿の見えないことが、少しも気にならないらしい。それよりも愛猫

のほうが心配らしく、しきりにそのことをいいながら、

「ほんとうにどこへ行ったんだろうね。このごろ夜遊びを覚えて困ってしまう。きっと牡

おす猫ねこの味を覚えたんだよ。人間も猫もおんなじだねえ、ああ、了沢さん、お銚子が

できたようですよ」

 了沢が無器用な手つきで、お銚子をぶらさげてかえってくると、幸庵さんは仰向けにふ

んぞりかえって高たか鼾いびきであった。

「もし、幸庵さん、お銚子ができてきましたよ。もし、幸庵さん、幸庵さん、……ああ、

よく寝ている。それならなにも、あとねだりをしなければよいのに……」

 お銚子をそこへおいて、了沢君はぴったり座ざ布ぶ団とんのうえに座ったが、ひろい座

敷のうすら寒さが、いよいよ身にしむ感じである。ころもの袖をかきあわせて、火鉢をひ

きよせてみたが、埋もれ火も、もう残り少なくなっている。うっかり火箸でその火をかき

たてているうちに、とうとうつつき消してしまった。

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