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駒こまが勇めば花が散る(3)
日期:2023-12-01 14:03  点击:250

 了沢君はとんでもないことをしたような気になって、ソーッとあたりを見回した。

 幸庵さんは相変わらずよく寝ている。高くなったり、低くなったりする鼾にまじって、

おりおり、リーンリーンと鈴の音が、遠くのほうからきこえてくる。庭のおくの祈禱所

で、月代がいのりつづけているのである。

 その鈴の音の、身にしむような寂しさにきき入っていた了沢君は、首筋に冷たいもので

も落とされたように、ゾクリと襟えり元もとをかきあわせた。

「幸庵さん、もし、幸庵さん、お起きなさいまし。そんなに寝てしまっちゃ、しようがな

いじゃございませんか。もし、幸庵さん、ええい、しようがないなあ」

 了沢君はいよいよ心細くなってくる。いても立ってもいられぬ心地である。リーン、

リーン、……気の滅め入いるような鈴の音は、依然として庭のおくからひびいてくる。了

沢君はわれにもなく、座布団のうえから立ち上がると、鈴の音に追われるように座敷を出

て、表の玄関まで来てしまった。

「おや、了沢さん、どうしなすった。顔の色が悪いようだが、奥でなにかありましたか」

 耕助の命令で居残ることになった島の若者が、二、三人、長なが屋や門もんのうちがわ

で、股また火びをしながら、たくあんのきれはしかなんかで、茶ちや碗わん酒ざけをあ

おっていた。了沢君はなんとなく、地獄で仏に会ったような心地で、下げ駄たをつっかけ

てちかづいていくと、

「いえ、あの、別に……ああ、そうそう、あなたがた、早苗さんの姿を見やあしませんで

したか」

「早苗さん? うんにゃ、早苗さんがどうかしましたか」

「いえ、別にどうってことはありませんが、さっきから姿が見えないものだから」

「了沢さん、幸庵さんはどうしました」

「幸庵さんはお酒に酔うて寝てしまいました」

「はっはっは、おおかたそんなことだろうと思うた。そこで了沢さん、このときとばかり

おまえさん、早苗さんの袖をひいたんじゃありませんか」

「あ、なるほど、こいつは図星だ。そこをピンシャンとはねられて、了沢さん、青菜に塩

というわけかね」

「冗談いっちゃいけません」

「あっはっは、了沢さん、赧あかくなったね。いいじゃないか、袖そでをひこうが口く説

どこうが、おまえさんと早苗さんは筒つつ井い筒づつ、振り分け髪の幼ななじみだ。おら

あよく覚えているよ。学校にいる時分、おまえは泣き虫だったねえ。学校はできたが意気

地なしで、なにかというとすぐピイピイ泣き出した」

「そうそう、それをおもしろがってわれわれずいぶんいじめたものだ。するとあの早苗さ

んだ。ありゃあまた女のくせにおッそろしく気が強い。おまえをいじめていると、すぐと

んできて、だれかれの見さかいなしに啖たん呵かを切る。あまりおまえをひいきにするか

ら、こっちもいささか妬やけ気味で、おらあ一度早苗さんにけんかを吹っかけたが、小っ

ぴどく頰ほっぺたをひっかかれて、いや、さんざんさ」

「ほんとうにそういえば早苗さんは、あの時分山猫というあだ名があったね。変われば変

わるもんだが、考えてみるとあの時分から、早苗さんはおまえに気があったんだぜ」

「バカなことをいっちゃいけません」

「なにがバカなもんか。あの時分、よく二人の名前を相合い傘がさかなんかに書いたもの

さ。了沢さん、おまえそう気が弱くちゃいけねえ。女人禁制てえのは昔のことよ。いま

じゃどこの坊主でも、酒も飲みゃ女も抱かあ。ピンシャンしたってかまうことはねえ。そ

んなのは女の手よ。それに驚いてしっぽをまくようじゃ修業が足りねえ」

「そうとも、そうとも、いやじゃいやじゃというやつを、ぐっと抱きしめ、ものにすると

ころに、色事のほんとの味があるというものよ。讃岐のこんぴら様のおれの女など

も……」

「ちっ、またはじめやあがった」

「てめえ、それがいいたくて、話をここまで持ってきやあがったんだろう」

 島の若者にとっては、酒と女よりほかに話題はない。しかも、歯に衣きぬきせぬその話

しぶりの大胆にして露骨なる、そしてそれが大胆で粗野で露骨であればあるだけ、ある種

の小説などよりも、はるかに際きわどい場面を描きながら、かえって情をそそられること

もなく、平気で聞いていられるのである。

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09/23 19:22
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