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駒こまが勇めば花が散る(4)
日期:2023-12-01 14:03  点击:237

 了沢君はかれらのほしいままな話をきいているうちに、不思議に気分の落ち着いていく

のを覚えた。なにもかれらの愛欲の世界にあこがれるのではないが、久しく忘れていた、

人間世界のあたたかいものに触れたような気がして、妙に心のあたたまるのを感じた。

「どうだ、了沢さん、おまえも一杯いかねえか」

「いいえ、わたしはいけません」

「なにもそう遠慮するこたあねえやな。葷くん酒しゆ山門に入るを許さずといったところ

で、どこの寺にも、般はん若にや湯とうはあらあ。もっともここの了然さんは別ものだ

が」

「了然さんはいけねえ。ありゃあきびしすぎる。了然さんは年寄りだからあれでいいのか

もしれねえが、いまどきあれじゃ、了沢さんがかわいそうだ。なア、了沢さん、いいから

一杯飲みねえな。そして、たまにゃ里へも出てこい。寺でお経ばかりあげているより、た

まに里へ出てきて、お女郎買いの話でもきくほうが、よっぽど修業になるぜ。あっはっ

は!」

 さすがに了沢君は、いくらすすめられても酒は飲まなかった。酒は飲まなかったけれど

かれは十分酔うているのである。かれらの話に酔うて、よい心地になっているのである。

だから、勤めを怠っているうしろめたさを感じながらも、かれらのそばを離れる気がしな

かった。ついうかうかと、そこにお神み輿こしをすえてしまった。正直者の了沢君は、今

後何年生きるかわからないが、おそらくかれは生涯そのことについて、自分を責めること

をやめないであろう。ほんのちょっぴり、任務を怠ったばかりに、あの大惨劇をひき起こ

した了沢君にとって、生涯、それは夢魔となって残るであろう。

 了沢君の夢魔というのはこうである。

 調子にのって話す若者たちの、露骨な色話をよい気になって聞いていた了沢君は、突

然、奥のほうからきこえてくる、ただならぬ女の悲鳴にはっと腰掛けからとびあがった。

「なんだいありゃあ……」

 悲鳴をきいたのは了沢君ばかりではなかった。色話にふけっていた若者たちも、茶碗を

おいていっせいに腰を浮かした。

 悲鳴はまだつづいている。それは泣き声とも繰くり言ごとともわからぬ、ただワアワア

という、前後首尾まっとうせぬ発音の羅ら列れつのようである。

「ありゃあ……お勝つぁんじゃないか」

「そうだ、お勝つぁんだ。なにかあったにちがいねえ」

 勝野さんというひとは、ひどく驚いたり、たまげたりすると、すぐ腰を抜かすくせがあ

る。しかも抜けるのは腰ばかりではなく舌の根も抜けてしまうらしい。そんなとき、お勝

さんは、ただワアワアとわけのわからぬ泣き声をあげるくせがあった。いや、本人にはわ

かっているのだろうが、舌の根が抜けているから、それが連絡のあることばとなって口か

ら出ないのである。

 了沢君は真っ青になってそれをきいていたが、急にガタガタふるえ出すと、

「行ってみましょう。皆さんも来てください」

 若者たちも了沢君のうしろについて、玄関からなかへとび込んだ。お勝さんの声をたよ

りに、さっきの座敷へ来てみると、幸庵さんが狐きつねにつままれたような顔をして、

きょとんと座布団のうえに起きなおっている。そのまえに勝野さんがべったり座って、ワ

アワアと泣きながら、なにやらしきりにうったえているのである。

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09/23 19:23
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