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駒こまが勇めば花が散る(6)
日期:2023-12-01 14:04  点击:243

「月代さん、月代さん、おまえどこにいるんです」

 あたりのほの暗さと線香の煙で、しばらくはだれも視力がきかなかった。

「おい、だれかマッチを持ってやあしないか」

「おっとしょ」

「持ってるか。それは好都合だ。向こうの壇のうえにろうそくがあらあ。あれをとってこ

い」

 若者のひとりは渦うず巻まく線香の煙のなかを、すりあしで壇のほうへ行きかけたが、

だしぬけに、ひゃあッと叫んでとびのいた。

「ど、ど、どうしたンだ」

「だ、だ、だって、こんなところに月代さんが……」

「月代さん……? おい、なんでもいいからろうそくをつけろ」

 若者はガタガタふるえながらマッチをする。いくらすってもいくらすっても、手がふる

えているからすぐ消えた。

「ちっ、意気地のねえ。おっ、そうだ、そこにお燈明があるから、それで火をつけろ」

 やっとろうそくに火がついて、あたりがボヤーッとあかるくなったとき、

「南な無む……」

 了沢君は両手をあわせて、ガチガチと歯を鳴らした。若者たちも凍りついたように動か

なくなった。若者のひとりがかかげているろうそくだけが、ぶるぶるとひっきりなしにふ

るえている。

 無理もないのである。それはなんともいいようのない異様なながめであった。かれらの

足下には、月代が仰向けざまにひっくりかえっている。月代は白しら拍びよう子しのよう

に水すい干かんを着て、緋ひの袴はかまをはいている。金色の小さい烏え帽ぼ子しをか

ぶっている。薄化粧をして、髪をおすべらかしにした顔は、この世のものとも思えぬほど

美しかった。

 だが、それは美しいと同時に、夢魔を誘う恐ろしさであった。なんとなれば、月代の細

い首には、食い入るばかりに日本手ぬぐいがまきついているのであった。

「あの台のうえで……」

 若者のひとりがなにかいいかけたが、すぐおびえたようにことばを切った。

 だが、かれのいおうとしたことは、すぐだれの胸にもひびいたのである。それはこう

だ。

 壇のまえには畳半畳くらいの台がつくってある。台の高さは一尺くらい、月代はその台

のうえに座って、祈念をこらしているところをうしろからしめられて、台からころげ落ち

たにちがいない。しかも、しめられたときかなり抵抗したにちがいない証拠には、右の手

が、爪つめもくいいるばかり、手ぬぐいの端を握っているのである。まるでわが手でわが

首をしめたように。……

「了沢さん、了沢さん」

 蠟ろう着づけにされたように、この恐ろしい月代の死体をながめていた若者のひとり

が、ふいに了沢君の腕をつかんでゆすぶった。

「それはいい、それはいいんだ。どうせ月代さんはおそかれ早かれ殺されると、われわれ

は思うていたんだ。いえ、島の連中、みんなそう言うてたんです。こんどはいよいよ月代

さんの番だと。……だから、おらあ別に驚きゃあしねえ。月代さんが殺されたって驚きゃ

あしねえ。だけど、あれはなんだ。月代さんの体のうえにふりかけてあるあれはなんだ」

 別の若者が身をこごめて、月代の死体のうえからそれをつまみあげた。

「萩はぎの花……」

「わかってる。そりゃあわかってるんだ。おれだって盲目じゃねえ。だけど、なんだって

月代さんの死体のうえに、萩の花なんかふりまいてきゃあがったんだ。ねえ、了沢さん、

この祈禱所には、どこにも萩の花なんか挿さしちゃねえ。こりゃあてっきり犯人が持って

きたもんだ。なんだって犯人は萩の花を……あっ!」

 突然、一同ははげしい雷の衝撃にでも会ったように、ピタリと体をふるわしてとびのい

た。

 いままで忘れていた鈴の音が、リーン、リーンと鳴り出したからである。

 一同は憑つきもののしたような眼をそのほうへむけて大きくみはった。

 壇の向かって右側には、いろとりどりの布が五、六本吹き流しのように掛けてあって、

ゾロリと床までひきずっている。その布の一本の途中に月代の鈴がゆわいつけてあった。

そしてその布の端には、勝野さんの愛猫ミイが……

 駒こまが勇めば花が散る。

 猫が踊れば鈴が鳴る。

 かれらがさっきから聞いていた鈴の音は、なんと猫が鳴らしていたのである。

 山狩りの一行がひきあげてきたのは、それから間もなくのことであった。

 

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