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第六章 夜はすべての猫が灰色に見える(1)
日期:2023-12-01 14:06  点击:299

第六章 夜はすべての猫が灰色に見える

 耕助の心はみだれにみだれて、いまにも気が狂いそうであった。

 あの蒸むせっかえるような復員船のなかで、断末魔のくるしみのなかから、くりかえし

くりかえし頼んでいった千万太のことば。

「獄門島へ行ってくれ……三人の妹が殺される……おれに代わって行ってくれ」

 それは血を吐くように切なる願いであったのに、自分はとうとうその責めを、ひとつと

して果たすことができなかった。本鬼頭の三人娘のうち、ただのひとりも救うことができ

なかった。

 耕助の頰ほおは苦悩のためにげっそりやつれて、いっぺんに十も二十も年をとったよう

に見える。

「早苗さん」

 耕助は力のない声で早苗をよんだ。

「…………」

 早苗もまた、血の気をうしなった顔で、ふかい思いに沈んでいる。

 三晩つづいた惨劇の夜はきびしく更けて、あの祈き禱とう所しよのまわりには、磯川警

部や警官たちの、出たり入ったりする姿が見える。ものものしい緊張した空気のなかに、

本鬼頭の大きな建物が息をころしておののいているようだ。

 幸い気ちがいの与三松は、あれからすぐに八方へはしらせた、捜索のひとびとに見つ

かって、無事に座ざ敷しき牢ろうへつれもどされた。めったに外へ出たことのないかれ

は、千光寺へのぼるつづら折れの途中、地じ神がみ様のまえまで行って息切れがして、倒

れているところを見つかったのである。だが、この気ちがいがなにを知ろう。異常な今夜

の冒険に、すっかり興奮して、ただわけもなく怒号するばかり。それが祈禱所へ筒抜け

で、いっそうこの親と娘の因果を思わせた。耕助もいままでその祈禱所にいたのだけれ

ど、嘔吐を催しそうな悪お寒かんを感じて、ふらふらと座敷へかえってきたのである。

 早苗はひとりしょんぼりと、その座敷に座っていた。彼女の眼底には、いまもなおあの

恐ろしい男の死に顔がやきつけられている。年ごろは三十前後であろうか、顔じゅうひげ

でうまった凶悪な男、汗とあかでよれよれになった軍服に白っちゃけた軍ぐん靴か、そし

てその軍靴の裏には、たしかに蝙蝠こうもり形の傷があった。……

「早苗さん」

 と、耕助はもう一度呼んで、

「あなたはあの男を兄さんの一さんだと思っていられたんですね。一さんがこっそり島へ

かえってきて、かくれているんだと思っていられたんですね」

 早苗ははじかれたようにふりかえったが、その顔にはまるで、子どもがベソをかくとき

のような表情がうかんでいる。

「あれは一昨夜のことだった。千万太君のお通夜の席から花ちゃんの姿が見えなくなっ

た。そこであなたと勝野さんが、奥へ探しに入っていかれた。そのときでしたね。あなた

があの座敷牢のほうで悲鳴をあげられたのは。ところがすぐそのあとで病人のあばれる音

がきこえたので、さてはまた、気の狂ったひとがなにかしでかしたのであろうとみんなは

思いこんだ。いや、それのみならず、それから間もなく座敷へかえってきたあなた自身、

われわれにそう思いこませるようにふるまわれた。しかし、うそだったのだ。あのときあ

なたが悲鳴をあげたのは病人のせいではなく、座敷牢のほとりを、怪しい男がうろついて

いるのを見られたからなんだ。ね、そうでしょう。そしてその男というのが、さっきの男

なんだ」

 耕助はくらい眼をして、庭のほうを見つめている。しかし、その眼はほんとうはなにも

見ていなかったのだ。

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