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吊り鐘歩く(2)
日期:2023-12-01 14:39  点击:279

「吊り鐘が歩く……?」

 なにかしらドキッとするようなものが耕助の胸へ来た。

「ええ、そうなんですよ。仙ちゃんが変なことをいい出したもんだから、それでみんなで

騒いでいたところなんです。まあ、こっちへお入りなさいましよ」

 清公にとっては耕助となじみであることが自慢であるらしく、どうしてもなかへひっぱ

りこもうという勢いだったし、耕助もまた、ふといまの話が気になった。

「そう、それじゃちょっとおじゃましようか」

 耕助がなかへ入ると、

「そらそら、御順におひざのおくりあわせだ」

 床屋へ集まっているとはいえ、だれひとりほんとうの用事で来ているものはない。昨夜

の騒ぎを話の種に、ひまつぶしをしようという連中ばかりだ。だから土間にいるのは親方

ひとりで、あとはみんな薄ぎたない畳をしいた座敷の端に腰をおろしたり、あがりこんで

あぐらをかいたり、寝そべったり、耕助が入っていくとそれらの連中、にわかに居ずまい

を直して席をあけた。

「昨夜は皆さん、御苦労さまでした」

 耕助があいさつすると、

「どういたしまして。旦那こそあれからまたひと騒動あったというんだからたいへんでし

たろう。なんしろつづけざまだからね」

「ええ、まあ……ときにさっきの話ですがね。吊り鐘が歩いたとか歩かぬとか、それはど

ういう話なんですか」

「その話なら……おい、仙ちゃん、おまえからじきじき申し上げろ」

 仲間に尻しりをつつかれて、仙ちゃんは顔を赤くして、

「それがねえ、どうも変てこな話でしてねえ」

 と頭をかきながら、

「いまも、みんなにわらわれたんですが、あっしにゃしかし、どうしても吊り鐘が歩いた

としか思えねえんで……実は一昨日の晩のことですがね。一昨日といやあ雪枝さんの殺さ

れた日ですが、あっしゃあの日沖へ出ていたんです。ところがそのかえりがけ、時刻は

はっきり覚えていねえが、むろん日は暮れてました。さて、島を目指して漕こぎもどしな

がらふと見ると、天狗の鼻のちょっと下の坂のところに、変なものがおいてある。おや、

なんだろうとよく見て見ると、それがつまり吊り鐘なんで。……ええ、もうすっかり暗く

なってましたからハッキリは見えねえんだが、すがた形でよくわかる。そのときにゃあし

かしあっしも、別になんとも思わなかった。このあいだ若いものが、吊り鐘をかつぎあげ

たことは知ってましたからね。それに、そこからじゃ、天てん狗ぐの鼻の出っぱなは見え

ねえもんで」

「えっ、それじゃあなたが吊り鐘を見た場所というのは、あの岩のうえじゃないのです

か」

 耕助は、にわかにひざをのり出した。

「そうです、そうです。だからおかしいんですよ。さて、それからしばらく漕いでるうち

に、あっしゃまたなんの気もなくうえを見た。こんどはあの天狗の出っぱなが見えるんで

すが、するとそこにちゃあんとあの吊り鐘があるじゃありませんか」

 耕助はまじまじと仙ちゃんの顔を見つめている。その顔色からして、いかにかれが熱心

に、仙ちゃんの話に耳をかたむけているかわかるのである。仙ちゃんもだいぶ得意になっ

て、

「そのときにゃああっしもドキッとしましたね。あの吊り鐘、吊り鐘としちゃ重いほう

じゃねえが、図体が図体ですから、ひとりやふたりの手で、あっさり持って歩けるという

ものじゃありません。あれをさっき見た場所から岩のうえまで運ぶとすれば、こいつやっ

ぱり相当の騒ぎです。夕ゆう凪なぎのちょうど静かなときだったから、そんな騒ぎがあっ

たら、舟まできこえねえという法はねえのに、ちっともそんな気けぶりはなかった。だか

らあっしにゃどうしても、吊り鐘が自分でノコノコ歩いたとしか思えねえんで」

「すると、そのときにはもうさっきの場所には吊り鐘はなかったんですね」

「それがねえ、そこからじゃもう、さっきのところは見えねえんですよ。いまから考える

とちょっとの手間だ。漕ぎもどして確かめてみればよかったんだが、なんだか気味が悪く

てねえ、つい、そのままかえっちまったんで」

「しかし、坂の途中で吊り鐘を見たというのは、まちがいないんでしょうね」

「ええ、そりゃあまちがいはありません。かなり暗くなっていましたが、形でわかりま

す。たしかに吊り鐘がおいてありましたんで」

「この島には、吊り鐘がふたつありますか」

「とんでもない。戦争中はひとつもなかったくらいで……」

「あの吊り鐘はふるいのでしょうね」

「ええ、ほんとうはずいぶん古いんですが、いちどヒビが入ったので、本鬼頭の嘉右衛門

さんが盛んなころ、どこかで鋳直させたという話です」

「そうよ。それはおれも覚えてる。十五、六年もまえのことだったかな。広島か呉かへ

持っていって、鋳直してきたんだ。旦那、吊り鐘がふたつあるなんてことはありません

よ。仙ちゃんきっと夢でも見たんだ。あんな騒ぎがあったもんだから……」

「馬鹿アいえ。おれの話は雪枝さんの騒ぎが起こるまえのことよ」

 耕助の胸ははげしく騒ぎ出した。なにかある。なにかそれに事件のなぞをとく鍵かぎが

ある。……

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