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吊り鐘歩く(3)
日期:2023-12-01 14:40  点击:279

「ところでいまも話が出ましたが、嘉右衛門さんという人ですがねえ、ずいぶん全盛だっ

たらしいですね」

「へえ、そりゃアもう太閤さんだから。まあ、ああいう全盛はこれからさき、見ようたっ

て見ることはできますめえよ」

「その代わり死ぬときにゃ気の毒だったらしいな。分鬼頭に天下をとられるのを気にやん

でね。あれじゃとても成じよう仏ぶつできめえという話でしたよ」

「病気は卒中だとか……」

「ええ、脳のう溢いつ血けつというやつですね。終戦のときにも一度倒れて、半身利きか

なくなっていたんです。たしか左手がきかないでしばらくぶらぶらしていたが、二度目に

倒れて、こんどは一週間ほど寝たっきりで、いけなくなってしまったんだそうです。そう

だ、そういえばそろそろ一周忌が来るんじゃねえか」

 左手が利かなくなっていた……? 耕助はまた、なにかしらドキリとするようなものに

ぶつかった。

「ええ、そうですよ。半身利かねえもんだから、いっそう気がいらだったんですね。だか

ら二度目に倒れたころは、あの元気なじいさんがすっかりおいぼれてね、見るも哀れなざ

まだったそうです。だから盛んなときも太閤さんだったが、死ぬときも太閤さんだったと

いっているんです」

 耕助はまた黙って考えこんだが、するとそのとき親方が口を出した。

「ときに旦那、昨夜のことはどうなんです。月代ちゃんのこと。……一つ家やでしめ殺さ

れたって評判ですが、ほんとうですか」

「一つ家……」

「いや、あの祈禱所のことですよ。あれを一つ家というんです」

 一つ家……一つ家……耕助は不意にまた、なにかしら恐ろしいものにぶつかって、ド

キッとしたように瞳ひとみをすえる。

「あれはなんでも嘉右衛門さんがつけた名だそうだ。ほら、月代ちゃんやなんかのおふく

ろと角突きあっていた時分、あいつは一つ家の鬼ばばあみたいなやつだというところか

ら、あの祈禱所を一つ家といい出したんです」

 一つ家……一つ家……一つ家に遊女もねたり萩と月……

 突然、耕助は恐ろしい勢いで立ち上がった。その勢いがあまりすさまじかったので、一

同はびっくりして顔を見直した。

「だ、旦那、どうかしましたか」

「ああ、いや、よいことを聞かせてくれた。ありがとう。親方、また来る」

 びっくりして、眼をまるくしている連中をあとに残して、耕助はふらふらと清公の床屋

をとび出した。それはまるで、酔っぱらいのあしどりのようであった。

「おやおや、先生、どうしたんだろう。なにをあんなにびっくりなすったんだ」

「きっとなにか見当がついたんだぜ。おれたちの話のなかから、なにか発明したところが

あるにちがいねえ」

「うえっへ。こいつは少々気味が悪いなあ」

 そうなのだ。耕助はたしかにつかんだのだ。いままでとざされていた暗雲のなかから、

さっとほとばしり出る一道の白光をとらえたのだ。

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09/23 17:11
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