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吊り鐘歩く(4)
日期:2023-12-01 14:40  点击:250
 一つ家に遊女も寝たり萩と月
 この句の場合の一つ家は、同じ家にという意味だから、ひとついえにと読むのがほんと
うだろう。しかし字からいって一つ家やと読めないことはないし、そしてまた、現にそう
読むものだと思っているひともある。
 月代の死体のうえにばらまかれていた萩の花、あれにはそういう意味があったのか。そ
して、白拍子は遊女である!
 おお、なんということだ。なんという恐ろしい。気ちがいじみたこの道どう化け。……
おお、大地がゆれる。海がもえる。空がきらめく。……
 耕助は悪酒に酔うたようなあしどりで、本鬼頭の玄関までかえってきたが、そこでなか
から出てきた磯川警部にばったり出会った。
「金田一さん!」
 磯川警部がおどろいて叫んだ。
「どうしたんです。顔の色が真っ青ですよ」
 奥からまだ了然さんや了沢君の読経の声がきこえてくる。耕助は不意にガチガチ歯を鳴
らした。それからうわずった声でささやいた。
「警部さん、来てください。ぼくといっしょに来てください。あなたに見ていただきたい
ものがある!」
 磯川警部はびっくりして耕助の顔を見直した。しかし、それ以上なにも尋ねようとはし
なかった。無言のまま靴をつっかけると、耕助のうしろから本鬼頭をとび出した。
 耕助は本鬼頭を出ると、ひた走りに走って千光寺の坂をのぼっていった。千光寺にはむ
ろんだれもいなかった。耕助は書院へとびこんだ。
「警部さん、これを読んでください。この屛びよう風ぶの左にはってある色紙を……」
 警部はいっとき啞あ然ぜんとした。金田一耕助、ひょっとすると気が狂ったのではない
かと恐れた。耕助が指さしたのは、いつか和尚が、島は冷えるからの、といって出してく
れた枕屛風である。
「警部さん、ぼくにはその色紙がどうしても読めなかった。それさえ読めていたら、もっ
と早くこの事件の真相に気がついていたかもしれないんです。読んでください。早く読ん
でみてください」
 耕助はまるで、地じ団だん駄だをふむような調子だった。警部はとまどいしたような眼
を、耕助の指さす色紙におとした。
「ああ其き角かくですね」
「そうです。しかし、それは其角のなんという句なんです」
 警部はしばらく色紙のおもてを凝視していたが、
「ずいぶん、ひねった字を書いたものですな。なるほど、これじゃ句を知らぬ者には読み
きれない。これは其角でも有名な句で、抱ほう一いつにもこの句のもじりがあるくらいで
す。これはね、鶯うぐいすの身を逆さかさまに初はつ音ねかな、というんです。抱一はこ
れをもじって、鶯の身をさかさまに初音どんという句をつくっている。吉原かなんかで花
魁おいらんが階段のうえから、新造か禿かむろを呼ぶところを句にしたんでしょうな」
  鶯の身をさかさまに初音かな……
「それだッ、け、け、け、警部さん!」
 耕助はガタガタとふるえ出した。なにかしら冷たいものが、背筋をつらぬいて走る感じ
だった。
「花ちゃんが梅の枝にさかさ吊づりにされていたのは、その句の見立てだったんです。雪
枝さんが吊り鐘に伏せられていたのはこっちの発句、むざんやな冑かぶとの下のきりぎり
す、……それなんです。そして昨夜の一件はもう一枚の色紙、一つ家に遊女も寝たり萩と
月……」
 警部も茫ぼう然ぜんとして眼玉をひんむいた。
「そうです、そうです。警部さん、あなたのいおうとしていることはよくわかる。しか
し、気ちがいなんだ。獄門島の住人は、みんな気ちがいなんだ。気がちがっているんだ。
気がちがっているんです。気が……」
 そこで耕助は、不意にはたと口をつぐんだ。そしていまにもとび出しそうな眼で、枕屛
風のおもてをはげしく凝視していたが、突然、どっとわらい出した。
「気が……気が、……気がちがっている!」
 耕助はゲタゲタととめどもなくわらい出した。腹をかかえてわらいころげた。涙があふ
れて頰をつたったが、それでもわらいやめなかった。
「気が……キが、……そうだ、たしかにちがっている。ああ、おれはなんというバカだっ
たろう」
 花子の殺された直後のこと、梅の古木のほとりに立って了然さんのつぶやいたことば。
「気ちがいじゃが仕方がない」
 あのことばの真の意味に、耕助はそのときはじめて気がついたのである。
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