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忠臣蔵十二段返し(2)
日期:2023-12-01 14:44  点击:309

「なるほど、それでだいたい太閤さんのいわれはわかりましたが、それほどの人でも、晩

年はずいぶん不幸だったという話ですが……ことに臨終のさいの懊おう悩のうは、見てい

られないくらいだったという話がありますが……」

 儀兵衛さんは相変わらず、ものに激しない眼の色で、耕助の顔をじっと見ている。そし

て、ふかいひびきのある声でこういった。

「それについて島のもんは、わしのことをとやかく言うているようじゃ。あんたもおきき

なすったろう。わしもその点については、全然根のないことだとはいわぬ。たしかに、嘉

右衛門さんの晩年には、わしらのあいだに溝みぞができていた。また、その溝は大きくな

るばかりだった。しかし、それはどうにもしかたのないことで、仕事のうえではわしは嘉

右衛門さんに一いち目もくおいていたし、なんとかついていこうと骨を折ることができた

が、あの人の趣味というか、道楽というか、それにはどうしてもわしはついていけなかっ

た。それが嘉右衛門さんを不きげんにしたのじゃな」

「嘉右衛門さんという人は、ずいぶん豪勢なあそびをした人だそうですね」

「そう、なにしろ気っぷのよい人だから、よう儲もうけもしたがよう使いもした。景気の

よいときには金を湯水のごとく使いすてる。そういうときには、島のおもだったものが一

座せぬときげんが悪いのじゃが、わしにはどうしてもそういう道楽についていけなかっ

た。自分でおもしろうもないのに、座につらなっておたいこをたたくわけにもいかぬ、や

せても枯れてもわしも網元、分鬼頭の主人じゃ。それでついつい、そういう座から欠ける

ことが多かったから、それが嘉右衛門さんをおこらせ、また、はたからみるといかにも腹

黒いように思われたのじゃ。しかし、ひとがなんと言うたところでしようがない。これば

かりは肌合いのちがいじゃからな」

「嘉右衛門さんは晩年、雑ざつ俳はいに凝っていたというじゃありませんか」

「そう、冠かむりづけというのかな。いったい、嘉右衛門さんという人は、勝野さん一人

で満足していたことでもわかるとおり、ああいう人としては女色に恬てん淡たんなひと

だったが、昔から、なんというか、似え非せ風流心の強い人でな、ひところ千光寺の和尚

などと、発句などやっていたが、床屋の清公がながれてきてからは、冠づけに熱をあげは

じめた。わしも一度断わりきれなくて、運うん座ざにつらなったことがあるが、いやどう

も、やはり肌合いのちがいというのか、苦々しいばかりでちっともおもしろうない。いっ

たい風流というものは、白露のさびしき味を忘るるなと、芭ば蕉しよう翁もいましめてい

るくらいのものだが、嘉右衛門さんや清公のは、さびしいどころか騒々しいばかり、わし

は一度でごめんこうむったが、するとこんどは何々見立てというものに凝りはじめた」

「なんですか。その何々見立てというのは?」

 耕助はどきりとしたような眼つきになった。なにかしら暗中でもとめていたものに、は

じめてぶつかったような気持ちなのである。

「つまり、いろんなものに見立てるのだな。わしは一度しか出なかったからよう知らぬ

が、わしの出たときは見立て料理合わせというやつで、題は忠ちゆう臣しん蔵ぐら十二段

返し。大だい序じよから討ち入りまで、あらかじめ二、三段ずつ題をわたしておいて、題

をわたされたやつはそれに見立てた料理をつくるんだな。わしは『討ち入り』をわたされ

て大弱りに弱っていたら、床屋の清公がやってきて、討ち入りだから雪をきかせて笹ささ

の雪を出せばよいと教えてくれた。あとでわかったところによると万事その調子で、床屋

の清公がみんなに教えてまわっているのだ。なんのことはない、嘉右衛門さんと清公があ

そんでいるようなものだから、馬鹿馬鹿しくなって、わしはそれも抜けてしもうたよ」

 見立て……見立て……嘉右衛門さんにはそういう趣向ずきの性癖があったのだ。

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