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第七章 見落としていた断片(3)
日期:2023-12-01 14:46  点击:279

「ところで、和尚さんが下駄の鼻緒を切らせた場所ですがね。地神様より上ですか、下で

すか」

「いいえ、ちょうど地神様のまえでした。和尚さんは祠の縁側に腰をおろして、下駄の鼻

緒をすげていらっしゃいました」

 耕助の胸はいよいよ重くなる。ぼんやり光のない眼で、あらぬかたをながめていたが、

やがてまた思い出したように、

「そうそう、それからもうひとつお尋ねがあるんだが、あのとき、ほら、はじめに坂の途

中で出会ったとき、あなたはぼくにどこへ行くかと尋ねましたね。そこでぼくが、和尚さ

んにたのまれて、お通夜のことを分鬼頭へ知らせにいくんだというと、あなたは妙な顔を

しましたね。あれはどうしてですか」

「ああ、あのとき……それはかようでござります。お通夜のことなら分鬼頭で、ちゃんと

知っているはずなのでござります。現にあのまえの日、和尚さんのおことばで、わたしが

あいさつに行ったのでござります。それをまたあなたが知らせにいくとおっしゃるので、

変に思うたのでござりますが、なにかまたほかに、用事があるのだろうと思うたものだか

ら、そのまま別れたのでござります」

「いやわかりました。いろいろありがとう。ときに、警部さんがいたら、ちょっとここへ

来てもらいたいのだが……」

 竹蔵はすぐに警部をよんできた。

「金田一さん、なにか……?」

「ええ、ちょっとぼくといっしょに来ていただきたいのです。竹蔵さん、なにかこう、長

い竿さおのようなものはありませんか。さきに鉤かぎがついているような竿がほしいのだ

が」

 竹蔵はすぐに手ごろの鉤竿をさがしてきた。

「お客さん、これでようござりますか」

「ああ、けっこう、竹蔵さん、あんたもいっしょに来てください」

 本鬼頭を出ると、坂をくだって三人は入り江へ出た。途中島の連中が、妙な顔をして三

人を見ていたが、耕助はふりむきもしなかった。

 船着き場へ出ると、耕助は、

「竹蔵さん、舟が一艘そうほしいのだが」

 と、竹蔵をふりかえった。

「ようござります。すぐ持ってまいりますで、ちょっとお待ちください」

 竹蔵が舟を漕こいでくると、耕助と磯川警部が乗り込んだ。

「金田一さん、いったいなにをやらかそうというのかな」

「いまにわかります。手品の種明かしをしてお眼にかけようというのですよ。竹蔵さん、

ほら、あの岩の下……吊り鐘のおいてある天てん狗ぐの鼻の下へ漕いでいってくれません

か」

 海はしずかに凪ないでいる。秋もようやくふかくなった瀬戸の内海は、碧へき玉ぎよく

をといて流したように、美しくきらきらとかがやいている。舟のなかでは警部も耕助も無

言である。しかし、その無言の底には、一種のきびしい緊張の気がながれている。耕助の

頭のなかに、ようやく事件の真相が、凝結しはじめていることを、磯川警部も気がついて

いるのである。

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