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第七章 見落としていた断片(4)
日期:2023-12-01 14:47  点击:261

 舟は間もなく岩のふもとの淵ふちへ来た。まえにもいったように、そこは潮だまりに

なっているとみえて、吹きよせられた海かい藻そうが、潮をおおうてゆっさゆっさとゆれ

ている。耕助は岩のうえに吊り上げられた吊り鐘に目をやりながら、

「ああ、竹蔵さん、そのへんでいいのです。そこらで舟をとめて、ひとつその竿で水のな

かをさぐってみてくれませんか」

「お客さん、なにをさぐるのでござりますか」

「おもしのついた綱がこのへんに沈んでいるはずなんです。綱のさきには軽いものが結び

つけてあるから沈んでしまったとは思えない。ひとつかきまわしてみてください」

 竹蔵は鉤竿を逆にとって、じゃぶじゃぶ海のなかをかきまわす。耕助と警部はふなべり

から身を乗り出して、竿のうごきをながめている。警部の息遣いがしだいにあらくなって

くるのが耕助に感じられた。

「あっ!」

 突然、竹蔵がひくい声で叫んだ。

「あった? よし」

 耕助は身を乗り出すと、

「竹蔵さん、この竿はぼくが持っているから、あんたすまないが海へ入って、綱を切って

くれませんか。あんたを使っちゃすまないのだが……」

 耕助はふところから、大きな海軍ナイフを取り出した。

「へえ、ようござります。なあに、そんなこと造ぞう作さござりません」

 くるくると着物をぬいで、ふんどし一本のたくましい赤裸になると、竹蔵は海軍ナイフ

を口にくわえて、鉤竿づたいにしずかに海のなかへ入っていった。

 すぐその姿は海藻の下にかくれたが、やがてゆるやかな波紋が底のほうからわきあがっ

てきたかと思うと、間もなく竹蔵の姿がふたたび海面に浮きあがってきた。

「お客さん、これを……」

 握っていた綱の端を耕助にわたすと、竹蔵は身軽に舟にはいあがる。綱の端を握った耕

助は、さすがに緊張した顔色だった。

「警部さん、いよいよ手品の種明かしですよ。鬼が出るか蛇じやが出るか」

 耕助が綱をたぐるにしたがって、不思議なものがゆらゆらと海面にあらわれてきた。は

じめのうち、警部にも竹蔵にも、それがなんだか見当もつかなかったが、間もなくその全

ぜん貌ぼうがわかるに及んで、警部も竹蔵も眼をまるくして驚いた。

「あっ、つ、吊り鐘!」

 警部は息をはずませる。

「そう、吊り鐘……しかし、吊り鐘は吊り鐘でも、これは張り子の吊り鐘です。まんなか

からパッと二つにわかれる吊り鐘、月雪花、三人娘のおふくろが、道成寺の芝居に使った

吊り鐘です。親が芝居に使った吊り鐘が、娘を殺す道具に使われたというのもなにかの因

縁というものでしょうか」

 耕助の声音にはふかいなげきがこもっている。手品の種を見やぶったときの、勝ちほ

こったよろこびはどこにも感じられなかった。……

 ちょうどそのころ、分鬼頭を出た了然さんは、岩の上までさしかかっていた。了然さん

はなにげなく、岩鼻に立ち寄って下をのぞいた。気脈が通じたのか耕助も、そのときひょ

いと上をあおいだ。岩の上の了然さんと、岩の下の耕助の視線がかっきり出会ったとき、

「南無……」

 と、つぶやいて了然さんは岩の上で合掌した。

 

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