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伝法の儀式の後に(1)
日期:2023-12-01 14:48  点击:236

  伝法の儀式の後に

 その翌日。

 獄門島には一日じゅう、こまかい霧雨がふりつづいた。そして、その霧につつまれた千

光寺の本堂では、了然さんと了沢君のあいだに、おごそかな伝法の儀式がとりおこなわれ

た。

 曹洞宗における伝法の儀式は、ふつう一週間かかるものとされている。

 紅幕をはりめぐらせた本堂に、余人をまじえず師弟相対して、弟子はここに初めて師匠

より秘伝を口授され、大事、嗣書、血けち脈みやくを謹写することをゆるされるのであ

る。弟子がそれらを謹写するさい、一字書いては立って三拝するというのだから、ひまの

かかるのも道理である。しかも、この儀式が終わるまでは、あらたに法をつぐひとは、上

じよう厠し以外に絶対に席をたつことをゆるされず、もし必要とあらば、薪しん水すいの

労も師匠がとり、給仕のごときも、師匠が逆に弟子にむかって行なうのである。

 このことは、あらたに法脈をつぐひとの、雑念を去るためであろうが、同時に、法をつ

たえてしまえば師も弟子もともに釈迦牟尼仏の法弟であり、いわば同格であるということ

を意味しているらしい。

 しかし、了然さんはどういう考えがあったのか、そんなしちめんどうなことはやらな

かった。かれはその日一日で、了沢君に法をつたえ、了沢君はここにあっぱれ、釈迦牟尼

仏八十二代目の法弟ということになったのである。

 たった一日のことではあるが、しかし、伝法の儀式を終わって本堂を出てきたとき、了

然さんの顔色には、さすがに疲労の色があらそえなかった。厠かわやを出て手を洗いなが

ら、了然さんが寺内をすかしてみると、ほのぐらい霧雨のなかに、あちらにひとり、こち

らにふたりと、ものものしく武装したお巡りさんがかぞえられた。

 了然さんはそれを見ると、ほうっと熱いため息をもらしたが、しかし、それくらいのこ

とで取りみだすようなひとではなかった。しっかりとしたあしどりで書院へ入ると、

「お待ちどおさま」

 ことばすくなにあいさつして、ずっしりと座についた。

 書院にはふたりの客が待っている。耕助と磯川警部である。ずいぶん待たされたとみえ

て、ふたりのあいだの莨たばこ盆ぼんには、煙草の吸いがらが山のように盛りあがってい

る。

「ああ、いや、おすみになりましたか」

 磯川警部は座り直した。なんとなくひきしまった声音である。

「ええ、すみました。おかげさんでな」

「和尚さん、了沢君はどうしました」

「了沢かな。あれは分鬼頭へあいさつにやりました。なんとゆうてもこれからは、儀兵衛

どんにうしろ楯だてをたのまねばならんからの。本来ならば儀兵衛どんに、こっちへ来て

もらうのじゃが、あんたがたが話があるというものじゃから……金田一さん、話というの

はどういうことかな」

「和尚さん」

 耕助はそれだけいってあとがとだえた。語尾がふるえて、くちびるの端がわなわなと痙

けい攣れんした。しばらくかれは息をのむように、無言のまま和尚の顔をながめていた

が、やがてつとその眼をそらすと、

「和尚さん、きょうはあなたを縛りに来ました。いろいろお世話になったのに、こんな羽

目になったのを残念に思います」

 ほとんどすすり泣くような調子であった。和尚はすぐには答えない。磯川警部も無言の

まま、ふたりの顔を見くらべている。味の濃い沈黙が、水のように書院のなかにみなぎり

わたる。

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