行业分类
伝法の儀式の後に(3)
日期:2023-12-01 14:49  点击:309

「そうなのです。すべては嘉右衛門さんの修しゆ羅らの妄もう念ねんから出発しているの

です。ぼくはバカだったのだ。この島へついたときから、いやこの島へつくまえから、そ

のことに気がついていなければならなかったのです」

 耕助は精気をうしなって、虚脱したような表情で、和尚と警部を見くらべながら、

「和尚さん、警部さん、ぼくがなぜこの島へ来たと思いますか。ぼくは本家の千万太君に

たのまれて、こんな事件の起こるのをふせぐためにやってきたのですよ。と、いうことは

千万太君は、こういう事件が起こるだろうということを、あらかじめ知っていたことにな

るのです。千万太君はこういった。ぼくが死んだら三人の妹たちが殺される。……獄門島

へ行ってくれ、いとこが……いとこが……と、そこまでいって息が絶えたのです。ところ

が、それとは別に、千万太君がまだそれほど悪くならないまえに、しきりにぼくに、獄門

島へ行くことをすすめ、紹介状を書いてくれたのですが、問題はその紹介状のあて名にあ

るんです。それは和尚と村長と幸庵さんと、この三人の連名になっていた。千万太君はな

ぜこの三人をあて名にえらんだか、……と、いうよりも、なぜもっと身近なひとをえらば

なかったか。……なるほど与三松さんはあのとおりの状態だから、紹介状のあて名として

ふさわしくないかもしれないが、ではなぜ嘉右衛門さんをえらばなかったか。なぜ、嘉右

衛門さんにあてて、紹介状を書かなかったのか。……これを考えれば、こんどの事件のな

ぞはすぐにも解けたはずだったのです」

 耕助の瞳にはうすじろくにごったかげろうがただよっている。

 それは自分自身を責めさいなむ自虐のくらい影だった。

「なるほど、嘉右衛門さんは老人だから、もう生きていないかもしれない、と、千万太君

は考えたのかもしれぬ。しかし、それならばあて名の三人にだって同じことがいえるはず

なんだ、和尚にしろ村長にしろ幸庵さんにしろ、けっして若いという年ごろじゃない。い

や、それを考えたからこそ、千万太君はあて名を三人にしたのでしょう。そのなかのだれ

かが亡くなっていても、あとのだれかで用が弁じるように。……では、それならばなぜ嘉

右衛門さんを敬遠したのだろう。嘉右衛門さんは自分の祖父だ。しかも獄門島の主権者な

んだ。だれが考えても、一応嘉右衛門さんにあてて紹介状を書き、しかるのちに、念のた

めに、和尚や村長や幸庵さんに紹介状を書くべきではないでしょうか。それだのに、千万

太君はこの理の当然のことをやらなかった。嘉右衛門さんを敬遠した。なぜだろう。すな

わち千万太君は嘉右衛門さんを恐れていたのではあるまいか。嘉右衛門さんこそ、三人の

妹たちを殺す元凶であることを、知っていたからではありますまいか」

 耕助はことばを切って煙草を一本取りあげた。マッチをする手がふるえている。吸いつ

けたものの、その煙草を指にはさんだまま両のこぶしをひざにおいて、

「千万太君は事変がはじまると間もなく召集されて、最初は中国へ派遣された。それから

南の島々を経めぐったのち、最後にニューギニアの果てにながれついていたのです。家郷

の通信も、ながいあいだ途絶えていたはず、いやたとい通信があったにしたところで、妹

たちが殺されるかもしれないというような手紙が来るはずがない。それにもかかわらず千

万太君は、自分が死ねば妹たちが殺されるということを知っていた。どうしてそれを知っ

たのだろう。すなわち、国をたつまえ、家を出るまえにそんな話があったとしか思えない

じゃありませんか」

 指にはさんだ煙草から、ホロリと長い灰がひざにこぼれる。耕助はしかし気がつかな

い。くらい眼をして畳のおもてをながめながら、

「ぼくの眼にはいまつぎのような情景がうかびます。本鬼頭の奥まった座敷に、三人の男

が座っている。ひとりは老人、嘉右衛門隠居です。そしてあとの二人は老人の孫の千万太

君と一さん。千万太君には召集令が来ています。そして一さんにも同じような赤紙が来る

であろうことが予想される場合なんです。しかも、嘉右衛門隠居亡きのちの、本鬼頭の屋

台骨を背負って立つべき与三松さんは気が狂っている。しかも、本鬼頭と仲の悪い分鬼頭

は、いまやまさに、本鬼頭をしのぐべき運勢にある。そのときにあたって、頼りに思うひ

とりの孫は戦争にとられ、もうひとりの孫も、いつなんどきとられていくかもしれないの

だから、嘉右衛門さんとしては、右をむいても、左をむいても、絶望的な悲痛以外は、何

物もかんじられない場合でしょう。そこで、嘉右衛門さんはふたりの孫になんといった

か。それはおそらくつぎのような意味のことばだったろうと思います。本家の千万太君が

生きてかえれば、なにもそこにいうことはない。しかし、もし千万太君が死んで、一さん

だけが生きてかえった場合には、本鬼頭の家は一さんに継がせる。しかし、それには月雪

花の三人娘がいてはじゃまになるから、これを殺してしまう。……」

 耕助の声はかすかにふるえたままポツンととぎれる。とぎれたまま、しばらくあとのこ

とばが出なかった。磯川警部は無言のまま耕助の横顔に驚異の眼をみはっている。了然さ

んは相変わらず、眼を半眼に閉じたまま、淡々として座っている。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
09/23 15:30
首页 刷新 顶部