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「気ちがい」の錯覚(1)
日期:2023-12-01 14:50  点击:250

  「気ちがい」の錯覚

「花ちゃんが殺されたのは、千万太君のお通つ夜やの晩でしたね。あの晩、花ちゃんは六

時十五分前後に家を出ている。そしてそれきり和尚さんが、梅の古木に逆さ吊づりになっ

ているところを発見するまで、だれも彼女の姿を見たものはないのです。このことがぼく

を悩ませた。六時十五分前後に家を出た花ちゃんが、まっすぐに寺へのぼってきたとした

ら、当然だれかに会っていなければならぬはずなんです。それだのに実際はだれも彼女を

見たものはない。花ちゃんはいったいどこにいたのか。そして、いつ千光寺へのぼってき

たのか。……ここでぼくは白状します。ぼくはある先入観から、ひとつの大きな盲点にぶ

つかっていたのです。それは千光寺の梅の古木の枝にさかさ吊りなっていた花ちゃんは、

当然、千光寺境けい内だいで、殺されたものであろうという考えかた。もうひとつは、犯

人が花ちゃんを殺す、そしてさかさ吊りにする、この二つの行動はあいついでなされたも

の、すなわち花ちゃんを殺しておいて、すぐその場の梅の古木につるしたのであろうとい

う考えかた。この二つです。この盲点のために、ぼくはずいぶん長いあいだ、花ちゃん殺

しの真相から目かくしされていた。そしてそういう二つの考えかたが、なんの根拠もない

ものであり、花ちゃんが、千光寺以外のところで殺されて、のちになって寺へはこびこま

れたこと、したがって、殺された時刻と、梅の古木にさかさ吊りにされた時刻とのあいだ

に、かなり大きなへだたりがあっても、ちっともさしつかえがないことに気づくまでに

は、相当の時間がかかったのです。だが、そのことに気づいたとたん、ぼくは眼のなかの

ほこりがとれたように、花ちゃん殺しの真相を見抜いたのでした」

 耕助はそこでことばをきると、了然さんのくんでくれたお茶にのどをうるおしながら、

「あの晩、花ちゃんは六時十五分前後に家を出た、そして、すぐその足でつづら折れをの

ぼり、坂の途中にある地じ神がみ様へおもむき、祠ほこらのなかにかくれていたんです。

おそらく、それが犯人、すなわち和尚さんの指令だったんでしょう。和尚さんはむろん、

鵜飼君の名前を利用されたのでしょう。鵜飼君の名で手紙をかき、それを直接花ちゃんに

わたされたのでしょう。鵜飼君に頼まれたとか、なんとかいって、……哀れな花ちゃん

は、人を疑うすべを知らない。とりわけ相手が和尚さんであれば、疑う理由なんか少しも

なかった。そこでいそいそ家を出かけ、手紙に指令された祠のなかで、胸をワクワクさせ

ながら、鵜飼さんのお見えになるのを、いまかいまかと待っていたのです。だから六時二

十分ごろ寺を出たぼくが、地神様のまえをとおったときは、花ちゃんはすでに祠のなかに

いたんです。さて、ぼくが坂を下っていったあと、すぐに竹蔵さんが坂をのぼってくる。

その竹蔵さんは山門のところで和尚さんに出会った。そのとき、了沢君は和尚さんの命令

で、ありもしない忘れものを寺へとりにかえっていたんです。そこで和尚さんと竹蔵さん

がつれだって、つづら折れをくだってくる。この竹蔵さんの出現は、計算にないことだっ

たので、和尚さんはちょっと困られた。和尚さんは一人で坂を下りたいために、ぼくを分

鬼頭へ先発させ、了沢君に忘れものをとりにかえらせた。ところがそこへ竹蔵さんが現わ

れたので、しかたなしにわざと下駄の鼻緒をきることによって、竹蔵さんをひとあしさき

に追いやられた。さて、こうしてひとりになった和尚さんは、地神様の祠をたたいて花

ちゃんを呼ぶ。花ちゃんはもとより疑うことを知らないから、ひょいと頭を出したところ

を鉄てつ如によ意いで……和尚さん、あなたの如意は凶器としてまことに格好のものです

ね。……その如意でガンと一撃、花ちゃんが声もたてずに倒れたところを、念のために手

ぬぐいでひとしめ、あとは狐きつね格ごう子しをしめるだけのこと。だからその間二分と

はかかりゃしない。それからあなたは悠ゆう々ゆうと坂をくだって竹蔵さんといっしょに

なる。そこへ了沢君がおりてくる。そして三人いっしょに歩き出したところへ、ぼくが分

鬼頭から引き返してきて出会ったというわけです。警部さん、これでみてもわかるとお

り、殺人というような場合、それが簡単であればあるほど成功率は高いんですね。実際、

なんという大胆な、なんという無技巧なやりくちでしょう。しかも、ぼくにしてみればつ

づら折れのふもとで出会ったとき、和尚さんと了沢君と竹蔵さんと三人いっしょだったた

めに、寺を出たときからずうっとそうであったろうと考え、その途中で和尚さんがあんな

恐ろしいことをやってのけただろうとは、どうしても考えることができなかったのです」

 了然さんは無言である。相変わらず淡々たる面持ちできいている。だが、無言であると

いうことがいちいち耕助のことばを承認していることになるのだろう、磯川警部はむしろ

一種の敬意をもって、和尚の顔を仰がずにはいられなかった。

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