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「気ちがい」の錯覚(2)
日期:2023-12-01 14:51  点击:309

「こうして花ちゃん殺しは成じよう就じゆしました。しかし、和尚さんの仕事はそれで終

わったわけではない。いやいやそれからあとの仕事こそ、和尚さんのほんとうの仕事だっ

たというべきなのです。花ちゃんの死体を寺へはこんでいって、梅の古木にさかさ吊りに

しなければならない。それを省いては和尚さんにとって、花ちゃん殺しはなんの意味もな

くなるのです。だが、この仕事も和尚さんは、花ちゃん殺し同様、いや、それ以上の大胆

さと無技巧さでやってのけました。お通夜の席で花ちゃんの失しつ踪そうが問題となり、

みんなで手分けして心当たりを探すことになったとき、和尚さんは実にしぜんに、手配り

をきめ、自分ひとりでひとあしさきに寺へかえることになりました。その手配りがあまり

しぜんだったので、だれひとり和尚さんの真意を忖そん度たくできるものはなかったで

しょう。しかも和尚さんは、急げばだれの眼にもふれないうちに寺へかえれたものを、

けっしてそんな不自然なことはやらなかった。わたしたち、ぼくが了沢君や竹蔵さんとつ

づら折れのふもとで落ち合ったとき、和尚さんはまだつづら折れの途中だったが、ああな

んということでしょう。そのとき和尚さんの背中には、花ちゃんの死体が負われていたの

です」

 耕助はかすかに身ぶるいをする。磯川警部は眼をみはる。了然さんは相変わらず、ゆっ

たりとした面持ちできいている。

 耕助はごくりと息をのむと、

「あのときのことを思い出すと、ぼくはいまさらのように和尚さんに敬意をはらわずには

いられない。むろん闇やみがすべてをくるんでいた。われわれは和尚さんの姿も、和尚さ

んの背中に負われた死体も見ることはできなかった。われわれの見ることのできたもの

は、ただ、和尚さんの提灯のあかりだけだった。しかし、それかといって、殺人犯人が、

死体を背負うて、ああも悠々と歩けたというのは……それはだれにでもできる芸当じゃな

い。われわれ……われわれと和尚さんとの距離は、最初に見たときより、少しでも大きく

なるどころか、反対にしだいにせばまっていたくらいですからね。さて、ほどよいところ

で山門を入った和尚さんは、梅の古木に花ちゃんをさかさ吊りにする。これこそは花ちゃ

ん殺しの眼目で、これなくしては、花ちゃんを殺した意味が半分以上なくなるのです。な

ぜならば、屛風にはってあった其角のあの句、鶯うぐいすの身を逆さかさまに初はつ音ね

かな。……花ちゃんの死体をその句に見たてることが、花ちゃんを殺すこと同様に、い

や、それ以上に、和尚さんにとっては大事なことだったのです。いまや、和尚さんはその

見立てを完成された。そこで、急いで山門へとび出してきてわれわれに叫びかけ、そして

こんどは庫く裏りのほうへとってかえされたが、そこではじめて和尚さんは、自分の筋書

きにない闖ちん入にゆう者しやのあったことを発見されたのです」

 耕助はほっと深いため息をついて、

「この闖入者は、和尚さんにとっても、意外な障害だったでしょうが、ぼくにとっても大

きな惑いの種となりました。和尚さんはこの男が禅堂にひそんでいるのに気がつき、それ

に逃げるチャンスをあたえるような行動をとられた。ぼくはそれをこういうふうに解釈し

たのです。和尚さんはその男を知っているのだ。知っているから逃がしてやったのだ。

と、いうことはその男こそ犯人なのだ。……と、ところが事実はそうではなかった。その

男は和尚さんともこの事件とも、なんの関係もない男であった。ただ、その男は和尚さん

が花ちゃんをさかさ吊りにするところを見たかもしれないのだ、いや、さかさ吊りにする

ところを見ないまでも、和尚さんがかえってくるまでそこに死体がぶらさがっていなかっ

たことを知っているのだろう。和尚さんはそれを恐れた。だからあとのことはなんとか才

覚することにして、とにかくその場だけはその男の、つかまえられるのを防がなければな

らなかった。そこでかれに逃げ出すチャンスをあたえられたのです。そして後日、あの山

狩りの夜、その男が捕らえられようとする寸前に岩陰から鉄如意で、殴り殺してしまわれ

たのです」

 和尚は相変わらず淡々としている。耕助の語りくちも淡々としている。それは恐ろしい

殺人行為を指摘したりされたりしているふたりとは、だれの眼にも見えなかった。なにか

しら、超越しきったものがそこにあった。

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