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「気ちがい」の錯覚(3)
日期:2023-12-01 14:51  点击:288

「さて、このことが起こるまえにもうひとつ、和尚さんはぼくをペテンにかけるようなこ

とを口ずさまれた。ああいや、和尚さんはけっしてそんなつもりじゃなかったのですが、

ぼくがそれを勝手にまちがった意味に解釈し、そのために長いあいだ、闇夜をさまようて

いなければならなかったのです。それはこうです。さかさ吊りになった花ちゃんの周囲に

われわれが群がっているとき、和尚さんはつぎのような意味のつぶやきをもらされた。気

ちがいじゃが仕方がない……。そのときの和尚の様子、声の調子からして、それはいかに

も衷ちゆう心しんからほとばしり出た嘆きのようであった。そこにはかまえた態度や、技

巧的な雰ふん囲い気きは微み塵じんも感じられなかった。心中にわだかまっている嘆き

が、思わず口をついて出た。……と、そんなふうにしか感じられなかった。だから、この

ことばは信用してもよいと考え、そして、そのことばの意味から、気ちがい、すなわち座

ざ敷しき牢ろうのなかにいる与三松さんのことがぼくの念頭にうかびあがった。つまり、

与三松さんがなにかこの事件に関係があるのではあるまいか……と。これがまた、長いあ

いだぼくに誤った道をたどらせる大きな要素になったのです。そして、そのことばのほん

とうの意味に気がついたときには……万事はすでに終わっていた。……警部さん、和尚さ

んのそのときつぶやいたことばは、ほんとうは『気ちがいじゃが仕方がない』ではなかっ

たのですよ。キがちがっているが仕方がない、といわれたのです。それをぼくは勝手に気

ちがいと要約し、それを狂人と解釈したのです。しかし、そのとき和尚さんのいわれたキ

は、気持ちの気ではなく、季節の季だったのです。すなわち、そのとき和尚さんは『季が

ちがっているが仕方がない』と嘆かれたのです。では、なぜそのようなことを嘆かれたか

というと、和尚が花ちゃんの血と肉で見立てた句、『鶯の身をさかさまに初音かな』とい

う句は、あきらかに春の句である。ところが、いまは秋である。そこで、和尚さんは『季

がちがっているが、(これも嘉右衛門さんの遺志とあらば)仕方がない』と、いうふうに

嘆かれたのです。つまり和尚さんのちがっていることを嘆かれたキというのは、実に俳句

の季題だったのです」

 和尚のおもてにはおだやかな微笑がひろがってくる。耕助はそれに眼をとめると、

「ああ、和尚さんはわらっていられる。しかし、和尚さんにわらわれたのはこれがはじめ

てではないのです。このことがあった直後、あの闖ちん入にゆう者しやを探しに本堂に

入ったとき、ぼくは、そのことばの意味を和尚さんに詰問しました。和尚さんははじめ、

ぼくの質問の意味がよくのみこめないようでしたが、間もなくぼくのコッケイな勘ちがい

に気がつくと、両手で顔をおおい、肩で大きく呼吸をしていられた。そのときぼくは、自

分の質問が、いたいところをついたので、和尚さん、大いに驚き恐れたのだろうとウヌボ

レていたんですが、いずくんぞ知らん、あのとき和尚さんはわらっていられたのです。ぼ

くの変てこな勘ちがいに、腹をかかえて哄こう笑しようしていられたのです。そして、そ

れを勘づかれたくないために、両手で顔をかくしていられたのです。ぼくは……ぼくは、

この偉大な和尚さんの眼から見れば、まったく赤ん坊のような存在でしかなかったので

す」

「いやいや、そうでない、金田一さん」

 和尚はようやくわらいをおさめると、なだめるように耕助を見る。その眼にはどこか、

慈父のようなおだやかな色がある。

「あんたはけっして赤ん坊ではない。あんたは偉大じゃ、すぐれたひとじゃ。ようまあ、

そこまで見抜かれたものじゃ。嘆くのはおよし。あんたでのうてもだれだって、こんどの

ような事件はふせぎようが、あるまい。さあそれでは、あとをきかせておくれ。それでだ

いたい花子の場合はかたづいたようだから、こんどは雪枝と月代のばんじゃ。ひとつ、そ

れを説きあかしておくれ」

「雪枝ちゃんが殺されたとき、いちばん問題になったのは……」

 と、耕助がいくらかつかえながら語り出した。

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