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「気ちがい」の錯覚(4)
日期:2023-12-01 14:51  点击:279

「いつ、雪枝ちゃんの死し骸がいが吊り鐘のなかへ押しこまれたかという時間の問題でし

た。清水さんの話によると、八時四十分ごろそこをとおりかかって、懐中電燈で吊り鐘を

しらべたときには、振ふり袖そでなんか出ていなかったという。それから清水さんと村長

は坂をくだって分鬼頭へおもむき、十分ほどして引き返してきたのですが、吊り鐘のそば

をとおるとき、ザーッと雨が落ちてきたといいます。したがって、死骸が吊り鐘のなかへ

押しこまれたのは、絶対にそれからあとではない。なぜならば、吊り鐘のなかに座ってい

た雪枝さんは、吊り鐘からはみ出した振り袖をのぞいて、どこもぬれていなかった。い

や、背中にいくらかしめり気をおびている以外、どこもきれいに乾いていたのです。だか

ら、死体が吊り鐘のなかへ押しこまれたのは、雨が本降りになるまえ、と、すると清水さ

んと村長が、はじめに吊り鐘のそばをとおり過ぎ、分鬼頭へ行っていたあいだであろう

か。そのあいだは往復の時間も加えて十四分あります。十四分あれば、なるほど吊り鐘の

力学を演じて、雪枝さんの死体をなかへ押しこむには十分です。ぼくもはじめはそう考え

ていたのですが、しかし、よくよく考えてみると、どうもこれは、不自然に思われる。幸

庵さんの推定では、雪枝さんの殺されたのは、六時から七時までのあいだということに

なっている。かりに雪枝さんの殺されたのが七時としても、なぜ一時間半以上も待って、

そんな際きわどい時間を利用しなければならなかったのだろう。それに清水さんの話で

は、はじめに吊り鐘をしらべているあいだに、ポツリポツリと降り出したということで

す。そうすると、死体はやはり多少でも、ぬれたあとがなければならぬはずなのだが、ま

えにもいったとおり、少しもそんな痕こん跡せきはなかったのです。なぜだろう、なぜだ

ろう、なぜだろう……そう考えているうちに、ぼくはふと、死体はもっとそれよりまえ、

すなわち清水さんと村長が、最初にそこをとおりかかったときよりまえに吊り鐘のなかへ

おしこまれていたのではあるまいか。そう考えることがなにかにつけていちばん自然なの

ですが、さて、そうなると困るのは清水さんと村長さんが懐中電燈でしらべたとき、振り

袖なんかのぞいていなかったということです。あの振り袖は道のほうへ向かって出ていた

のですし、パッと眼につく色彩だから、いかにほの暗い懐中電燈の光でも、そんなものが

はみ出していたら、見落とすはずはないのです。これにはぼくも弱りました。なにかしら

そこにトリックが弄ろうされているように思われる。だがそのトリックは……と、思い悩

みつづけているところへ、清公の床屋できいたのが、あの晩もうひとつ吊り鐘が坂の途中

にあったという話、それから月代さんたちのおふくろさんが、昔、道成寺の芝居でつかっ

た、まんなかからパッと二つに割れる張り子の吊り鐘が、本鬼頭の土蔵のどこかに残って

いるはずだという、分鬼頭の儀兵衛さんの話……この二つが、さっとぼくの頭をさしつら

ぬいたのです。手品の道具立てがわかれば、種明かしをされたも同じこと。あとはもうト

リックを見破るのはなんの造作もないことでした。すなわち、雪枝さんの死体を吊り鐘へ

おしこめ、振り袖だけをはみ出させておく。つまり、あの振り袖は犯人の手落ちではみ出

していたのではなく、わざとああしてのぞかせておいたのです。そして、そのうえからも

うひとつ、張子の吊り鐘をおっかぶせて、本物の吊り鐘を振り袖もろともかくしてしま

う。……だから、あの晩、清水さんが懐中電燈でしらべたのはなんと張り子の吊り鐘だっ

たのです」

「その吊り鐘を金田一さん、あなたは昨日、海の底から見つけ出したのじゃな」

 耕助の息切れを救うように、了然さんがポソリとそばから口を入れる。そして、耕助の

湯飲み茶ぢや碗わんに茶をついでやった。

「そうです。その吊り鐘の竜りゆう頭ずには、太い綱が結わいつけてあり、綱のさきには

大きな石がしばりつけてありました。それから、あの崖がけの出っ張りのすぐしたの道に

は、石が滑りおちたような跡がありました。そこでこういうことになるのです。本物の吊

り鐘のうえにおっかぶせられた張り子の吊り鐘の竜頭から、下へたらした綱のさきに大き

なおもしをつけて、それを崖下の路傍においておく。そうしておいて、まず清水さんに、

張り子の吊り鐘を見せておく。その吊り鐘の下からは振り袖なんかはみ出していない。さ

て、そのあとで崖下の路傍においてあるおもしを突き落とす。張り子の吊り鐘はおもしの

重みにひきずられ、仕掛けでパッとまんなかから割れると、スッポリと本物の吊り鐘から

抜けて、そのまま海へ落ちていく。あとには本物の吊り鐘の下から雪枝さんの振り袖がの

ぞいている。……ぼくは昨夜それとなく、清水さんにきいてみました。すると清水さんの

答えるのに、そういえば、懐中電燈でしらべた吊り鐘は、翌朝見た吊り鐘より、少し大き

かったように思う。夜と朝とで、そんな気がしたのかもしれないが、……と。これで、な

にもかもわかりました。だが、それでは犯人はなぜ、そのようにややこしいことをやらな

ければならなかったのか。……これはもういうまでもありません。時間にアリバイをつく

るためです。八時四十分ごろ、清水さんがとおり過ぎたときには、吊り鐘の下からは振り

袖はのぞいていなかった。したがって、雪枝さんがそこへおしこまれたのは、それよりの

ちのことであると思いこませるためです。では、だれがいちばんこのトリックで、自分の

アリバイをそれとなく強調しているか。……それと同時に、だれがいちばん、おもしを突

き落とすチャンスを持っているか。ここまで考えてきたとき、ぼくは、あまりの恐ろしさ

に気が狂いそうでした。この二つの条件を同時にみたしうるひとは、村長よりほかにあり

ません。村長は清水さんといっしょに、張り子の吊り鐘をしらべている。村長は清水さん

といっしょに、おもしのおいてあった坂をくだっている。なにしろあたりは真っ暗だか

ら、清水さんにさとられずに、おもしを突き落とすチャンスだってあったにちがいない。

……そこでぼくは昨夜それとなく、清水さんにきいてみたのですが、それに対する清水さ

んの答えというのはこうでした。あの崖をおりてから間もなく、村長が小便をするという

ので、清水さんは、ぶらぶらさきに行ったそうです。村長が立ちどまったのは、たしかに

あの崖の下、おもしの跡のあったあたりであり、そういえば、なにかボシャンと、海へ落

ちこむ音をきいたような気がする。ソロソロ海が荒れかけて、波の音と風の音が強かった

ので、ハッキリとはききとれなかったが……と」

 耕助はそこでことばをきった。そして放心したような眼で、しばらくぼんやり障子の外

をながめていたが、警部のあとをうながすようなせき払いに、また、ポツリ、ポツリと語

り出した。

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