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第二章 椿子爵の遺言(2)
日期:2023-12-05 15:49  点击:317

「やあ、こ、こ、これは失礼。灰、眼へ入りましたか」

 耕助もあわてて机のうえに身を乗りだした。

「いえ、あの……」

 女は二、三度強く眼をこすったが、すぐハンケチをはなし、ひどいわというように耕助

を見ながらにっこり笑う。笑うとみそっ歯がちょっと可愛い。少なくともその瞬間だけ

は、身にしみついている暗いかげがうすれたようだ。

 耕助はガリガリ頭をかきまわしながら、

「ど、どうもすみません。ぼくは行儀が悪くていかんです。眼、なんともありませんか」

「はあ、大丈夫でございます」

 女はもう持ちまえの気位の高さを取りもどして、つめたく取りすましていたが、しか

し、これでやっと口がほぐれた。

「警視庁の等と々ど力ろき警部さんところへいらしたんですね」

「はあ」

「すると等々力警部さんが、ぼくのところへいくようにいったんですね」

「はあ」

「どういう御用件でしょうか」

「はあ、あの……」

 と、女は少し口ごもったのち、

「あたくし、椿つばき美み禰ね子こと申します」

「はあ、それはさっき承りましたが……」

「いえ、こう申しただけではお気付きでないのはごもっともですが、あたくし、この春、

失しつ踪そう事件をひきおこした、椿英輔の娘でございます」

「この春失踪事件をひきおこした……」

 金田一耕助は口のうちで呟つぶやいてから、ふいに大きく眼をみはった。

「それじゃあの椿子し爵しやくの……」

「はあ、もう子爵でもなんでもございませんけれど……」

 美禰子は自じ嘲ちようするように、つめたくいいはなって、大きな眼で、真正面から耕

助を見る。耕助はまたガリガリと頭をかいた。

「それはそれは……その節はどうもとんだことで……」

 耕助は相手の顔を見直しながら、

「それで、わたしに御用件というのは……」

「はあ、それが、あの……」

 美禰子のからだをくるんでいる暗い影と、焦しよう躁そうのいろがしだいに大きくうき

あがってくる。彼女はいらいらと指先で、ハンケチを揉もみ苦茶にしながら、

「まことに取りとめのない話なんですけど、あたしどもにしてみれば真剣な問題でござい

まして……」

 美禰子は大きな眼で、金田一耕助のからだを吸いこんでしまいそうに視みつめながら、

「あたしの父は、ほんとうに亡くなったのでございましょうか」

 金田一耕助はびっくりしたように相手の顔を見直した。はげしいショックがかれのから

だを突きあげそうにした。耕助はやっと机のはしに両手をかけてそれをおさえると、

「ど、ど、どうしてですか」

 美禰子は膝にキチンと両手をおいて、無言のまま、金田一耕助を視つめている。女をく

るむ暗い影が、ゆらゆらと陽炎かげろうのように立ちのぼる。金田一耕助は湯ゆ呑のみに

のこったつめたい茶をのみほすと、やっといくらか落ちついた。

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