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第三章 椿子爵謎の旅行(7)
日期:2023-12-05 15:54  点击:308

「いいえ、あのひとたちは父を憎んではいませんでした。それよりもっと悪かったんで

 話が突然、とっぴな方向へむかったので、金田一耕助は思わず大きく眼を見張った。美

禰子はしかし顔色もかえずに、

「ええ、父がほんとに生きているかどうか、占ってもらおうというんですわ。ええ、そう

そう、忘れてました。先生、そのメモへもうひとりお書き加え願えませんか」

「どういうひとですか」

「目め賀が重じゆう亮すけ。おとしは五十二、三でしょうか。医学博士で、母がまだ新宮

家にいるころからの主治医ですの。いいえ、母はかくべつどこが悪いというわけじゃない

のですけれど、いつもどこか悪いと思っていたいひとなんですの。だから目賀先生はし

じゅううちへ来ていらして、うちのひとも同様なんです。ところで、その目賀先生が占い

をなさるんです」

 金田一耕助はまた眼を見張った。美禰子はしかし、かくべつ気にとめるふうもなく、

「ちかごろ、そんなことがとても流は行やるんですわ。うちでもしじゅう奥さまがたが集

まって、目賀先生を中心に、そんなことをやっています。ところで、今日こうしてお伺い

したというのは、明晩、先生にもその席へ出ていただけないでしょうかと思って……」

 話が急に、現実の問題にふれてきたので、金田一耕助はドキリとして、美禰子の顔を見

直した。それから少しからだを乗り出すようにして、

「それじゃ、その席でなにか起こるかも知れないとおっしゃるんですか」

「いいえ、そうではありませんの。あたし占いなんかはじめから問題にしちゃいません。

でもその席へ出ていただけば、メモにあるひとたちを、みんないっときに見ることが出来

ますから、先生によく観察していただきたいんです。ねえ、先生」

 美禰子は急にねつい調子になって、

「あたしちかごろ、なんだか不安でたまらなくなってきたんです。父が生きているという

幻想を、母だけが描いているぶんには辛抱出来ました。母は元来そういうひとなんですか

ら。しかし、その母が父にそっくり似たひとに出で遭あったということになると、話は又

ちがってくるんです。世のなかには他人の空似ということもありますから、それは偶然か

も知れません。しかし、また考えてみると、父が生きているという幻想を、描きつづけて

いる母が、その父とそっくりなひとに出遭ったということになると、何かしら偶然とは思

えなくなってきたんです。誰かのまがまがしい意図が、そこに働いているんじゃないか

と、それがあたしには怖こわくなってきたんです。そういうふうに考えてくると、父が生

きているという幻想を、母がいだきはじめたことからして、何んだか腑ふに落ちなくなっ

てくるんです。母はとても感じやすいひとです。すぐ暗示にひっかかるんです。だから誰

かがそういうふうに、母にふきこんだんじゃないか、……と、そんなふうに考えられてく

るんです。では、そのひとは、父が生きていると母に信じこませておいて、いったい何を

しようとするのか。……先生、あたしにはそれが怖いんです」

 美み禰ね子こはなにかに取とり憑つかれたような瞳めの色をして、

「それで、今日思いあまって、父が天銀堂事件の容疑者になったとき、御懇意になった警

視庁の等々力警部さんのところへ御相談にあがったのですが、そういうことならこちらの

先生のほうが適任だからとおっしゃって……」

 美禰子の用件というのは、つまりそのことだったのである。

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