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第六章 笛鳴りぬ(3)
日期:2023-12-06 13:57  点击:280

「そして、フルートの演奏者も、やっぱりお父さんなんですね」

 美禰子がまた無言のままうなずいた。

 金田一耕助は注意ぶかく、レコードをもとどおり回転盤のうえにおくと、美禰子のほう

をふりかえって、

「美禰子さん、そこへ腰をかけませんか。立ったままじゃ話もできない」

 美禰子は耕助の顔を見て、ちょっとためらったのち、それでもすなおに腰をおろした。

白い頰ほおがさむざむとそそけて、過度の緊張からくる疲労の色が、眼のふちを黒く隈く

ま取どっている。そのためにいかつい顔がいっそういかつく見え、なんとなく哀れであっ

た。

 耕助もすこしはなれたデスクのはしに腰をおろすと、

「美禰子さん」

「…………」

「いろいろお訊ねしたいことがあるんですが、まず第一にさっきのことですね。フルート

の音がきこえてきたとき、……どうして皆さんはあんなにびっくりなすったんですか。そ

れぁもちろん、誰もいないと思っている家のなかから、だしぬけに笛の音がきこえてきた

ら、誰しも驚くのは当然だが、しかし、さっきの皆さんの驚きかたは、ただそれだけじゃ

なかったように思われる。どうして皆さんはあんなにびっくりなすったんだすか」

「その曲は……」

 美禰子はためらいがちに、

「父の最後の作品なんです、父はそれを作曲して、自ら吹きこんで、レコードが出来ると

間もなく、天銀堂事件にひっかかって、そして……そして……失しつ踪そうしてしまった

んです」

 美禰子は嗚お咽えつするように声をつまらせて、

「だから、その作品はまるで父の置き土産みやげみたいになったわけです。しかも、その

曲の題名といい、また、先生もいまお聴きになっておわかりのことと思いますが、そのメ

ロディーがなにかしら、呪のろいと憎しみにみちみちているような気がするものですか

ら、母はこの曲をとても怖おそれているんです。きっと父がこの一曲のなかに、自分たち

に対する呪いと憎しみのかぎりを吹きこんでおいたのだと、母はかたくそう信じておりま

すの。だから父の失踪後、母はうちにあった五、六枚のそのレコードを、全部たたきこわ

してしまったんです」

 金田一耕助は思わず眉まゆをつりあげた。

「全部たたきこわしてしまった……? じゃ、おたくにはこのレコードは、一枚もなかっ

たというわけですか」

「はあ。……」

「しかし、このレコードは……?」

「存じません。だから、あたし、怖こわいんです」

 美禰子はさむざむと肩をすぼめて、

「いったい、誰が持ってきて掛けたのか……そして、なんのために。……」

 金田一耕助はデスクからすべりおりると、ゆっくりと部屋のなかを歩きまわりながら、

「悪魔が来りて笛を吹く……なるほど妙な題ですな。いったい、これはどういう意味なん

でしょう」

「あたしにもよくわかりませんけれど、父のつもりじゃ、戦後のこの世相をいってるん

じゃないでしょうか。戦後のこのめちゃくちゃな世相……父にはそれが悪魔が来て笛を吹

いているようにしか、思えなかったんじゃないでしょうか」

「なるほど」

「ところが、母にはそれがまた、べつの意味にとれるんです。母の考えかたによると悪魔

というのは父自身だというんです。いつか父が悪魔となってかえってきて、笛を吹くのだ

と、そういうんです。それというのが、父の失踪後、どう探してみても、黄金のフルート

が見つからなかったせいもあるんですけれど。……」

「黄金のフルート?」

「ええ、父が愛用していたフルートなんです。フルートはふつう銀製か木製なんですけれ

ど、父は特別に注文して、黄金のフルートを作らせたんです。金きんだと音がやわらかく

出るものですから……そのレコードも黄金のフルートで演奏したものです」

「そのフルートがお父さんの失踪後、紛失しているというんですね」

「はあ、ですから母は、父がそれを持っていったのだ、そしていつか悪魔になってかえっ

てきて、そのフルートを吹奏するのだと考えているんです。あたしはむろん、そんなこと

信じちゃいません。でも、さっきだしぬけにその曲がきこえてきたときには、一瞬、やっ

ぱり母のいってたとおりだ、父がかえってきてフルートを吹いてるのだと、そんなふうに

錯覚を起こしたんです」

 美禰子の頰にはうっすらと鳥肌が立っている。おそらくさっき、フルートの音がきこえ

てきた瞬間の、恐怖を思いうかべているのであろう。

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