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第十章 タイプライター(1)
日期:2023-12-06 14:14  点击:302

第十章 タイプライター

「け、警部さん!」

 耳飾りをひっつかんでとび出していく沢村刑事のうしろ姿を、呆ぼう然ぜんたる眼で見

送っていた金田一耕助は、その姿が見えなくなると、弾かれたように警部のほうへ向きな

おった。

「あなたはあの耳飾りを天銀堂事件の際に、盗まれた品のひとつだとお考えになるんです

か」

 昂こう奮ふんのために膝ひざ頭がしらがガタガタふるえて、舌がもつれる感じである。

耕助のその眼をじっと見かえした等と々ど力ろき警部の瞳めにも、すさまじい焰ほのおが

燃えている。

「ああ、いや」

 警部はぎこちなく空から咳せきをして、

「正確なことは沢村君の報告をきかんとわからんが、天銀堂事件の際の盗品目録のなか

に、ダイヤをちりばめた耳飾りというのがあるんです。しかも犯人はよほどあわてていた

ものと見えて、一対の耳飾りのうち片方だけを持っていったんです」

「すると、残りの片方はいまでも天銀堂にあるんですね」

「そう、厳重に保管させてあります。だからいまのがあのときの盗品のひとつならば、一

目瞭りよう然ぜんというわけです」

 無気味な戦せん慄りつが耕助の背筋を這はいのぼる。

「警部さん」

「はあ」

「ぼくは一昨日から何度もあなたにお電話したんですよ。お聞きになってるでしょう」

「いや、すまなかった。こちらからも連絡しようと思ったんだが、忙しくってね」

「そんなことはどうでもいいんですが、美み禰ね子こさんをぼくのほうへ廻まわしてくだ

すったのは、あなただそうですね」

「ええ、そう。何しろ、話があまりとりとめがないように思ったんでね、こういうことが

起こると知ったら、もう少し身を入れて聞いておけばよかった」

「いや、それはぼくがよく聞いておきましたが、美禰子さんの話によると、椿子し爵しや

くは天銀堂事件の犯人と、目されたことがあるんですってね」

 警部はだまってうなずいた。

「しかも、その密告者というのは、この邸内に住んでいるものらしいという話でしたが、

それはほんとうですか」

「いや、そうはっきりしたことはいえないが、よほど子爵の身辺に、接近しているもので

ないと、わからぬようなことが書いてありましたな」

「いったい、どんなことが書いてあったんです」

 警部はちょっと首をかしげて、

「正確なことはおぼえておらんが、子爵があのモンタージュ写真にそっくりであること。

天銀堂事件が起こった前後、子爵がどこかへ旅行していたこと。しかも子爵は家人にむ

かって蘆あしの湯へいくと称していたが、実際は蘆の湯へいっていないこと。この行く方

不明の旅行からかえって間もなく、子爵が三島東太郎という同居人と、宝石の売りさばき

について密談していたこと……だいたい、そんなところだったように憶おぼえている

が……」

 金田一耕助は部屋をいきつもどりつしながら考えこんでいたが、やがてつと足をとめる

と、

「ところで警部さんは、その密告者について調査して見ましたか」

「いや、そこまでは考えなかった。われわれにとっては密告者はどうでもよいので、天銀

堂事件の犯人さえわかればよかったんだからね。ところが、はじめのうち子爵の態度が非

常に怪しかったので、われわれはついそのほうに熱中してしまったのだ。ところが、いざ

という間際になって、子爵がアリバイを申し立てた。そこでさっそくアリバイ調べをやっ

たところが、これが実に明確判然としているんだ。それで子爵にからまる容疑はいっぺん

に雲散霧消したわけだ。そうなると、密告者が誰だなんてことは問題じゃない。それでつ

いそのほうは見のがしてしまったんだが……」

 金田一耕助はまた部屋のなかをいきつもどりつしながら、

「子爵はいったいどこにいたんです」

「関西旅行をしていたらしい。とにかく問題の十五日、即ち天銀堂事件の起こった当日

は、前夜から須す磨まの旅館に投宿しているんだ。これはもう絶対に間違いない。いや、

間違いはない、と思っていたんだが、しかし、糞くそッ、あの耳飾りが天銀堂事件の贓ぞ

う品ひんだということになると……」

 警部はするどく舌打ちすると、ハンケチを出していらいらと、太い猪い首くびをふいて

いる。

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