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第十一章 肌の紋章(1)
日期:2023-12-06 14:17  点击:290
 第十一章 肌の紋章

 昭和二十二年、東京はまだ物もの凄すごい食糧難だったから、食事もごく粗末なもの

だったが、それでも辛かろうじて空腹をみたすと、

「警部さん、さっそく次にかかりますか。あと あき子こ夫人と信し乃の、それから新宮さ

んの一家がのこっているんですが……もっとも、 子夫人はとても駄目でしょうけれどね」

 警部は腕時計に眼をやって、

「そろそろ沢村君がかえってくる時分だが……金田一さん、ひとつ訊きき取りをつづける

まえに、防空壕ごうというのをのぞいてみようじゃありませんか」

「ああ、それもいいでしょう」

 じつをいうと金田一耕助も、さっきから打ちつづく緊張に、かなり疲労していたのであ

る。ふたりは庭へ出ると刑事に案内させて防空壕を見にいった。

 防空壕は建物からはるかはなれた屋敷のすみにあり、うっそうたる木立に覆われた、掩

えん蓋がい式のコンクリートづくりで、なかは四畳半くらいの広さがあり、粗末ながらも

椅い子すテーブルもそなえ付けてあって、壕というより地下室といったほうが当たってい

そうな、かなり立派なものである。ただ難をいえば暗いこと、灯火の設備のないことであ

る。

 警部はうすぐらい壕のなかに立って、あたりを見回しながら、

「すると、昨夜ここに椿子し爵しやく、あるいは椿子爵とおぼしき人間が、隠れていたこ

とになるのかな」

 金田一耕助はそれに答えず、何か思いに沈んでいたが、やがて、ふとつぎのような呟つ

ぶやきをもらした。

「なるほど、これは手て頃ごろな場所だ。椅子もあるし、テーブルもある。……」

 等と々ど力ろき警部はその言葉を聞きとがめて、

「え? それはどういう意味? 美み禰ね子こという娘が冥めい想そうするにはという意

味ですか」

「いいえ、警部さん、ぼくはいまあのタイプライターのことを考えていたんですよ。密告

状のタイプライターの文字は、いまのやつと似ているんでしょう」

「ああ、だいたいね。詳しいことは、比較研究してみなければわからんが。……」

「ぜひ、そうしてください。ところでいまかりに、密告状があの機械で打たれたものとし

てですね。それが美禰子さんでないとすると、誰がどのようにして、機械を使用すること

が出来たか。……それをぼくは考えていたんです。美禰子さんの部屋は日本間だから、誰

でも入ることは出来る。しかし、そこでタイプを打つということは、とても危険なことで

すから、こっそり持ち出して、使用したあとでまた、こっそりともとのところへ返してお

く。そうすれば、美禰子さんにも気付かれずに、機械を使用することが出来るわけです

が、ただ、問題はどこでタイプを打ったかということですね。御存じのようにタイプとい

うやつは機関銃みたいな音を立てる。家のなかじゃとても秘密に打てません。そこでどこ

かへ持ち出さなければならないが、そう長時間かかるわけにはいかないから。……そこ

で、この防空壕なら理想的の場所だと思うんです。椅子もあるし、テーブルもある」

 等々力警部はあたりを見回して、

「しかし、こう暗くちゃどうでしょう。とてもこれじゃ鍵キイにかいてある字は読めませ

んよ」

「警部さん、あなたはさっき美禰子さんのいった言葉を忘れている。美禰子さんはいった

じゃありませんか。菊江さんは眼をつむってても打てるんです。指がきまってるからと。

……」

 警部はギョッとしたように眼を瞠みはって、

「金田一さん、そ、それじゃあんたの考えじゃ、菊江という女が……」

「いいえ、そういうわけじゃありません。ぼくのいいたいのは、タイプライターというも

のは、熟練すれば眼をつむってでも打てる。と、いうことは、真っ暗がりのなかでも打て

るということです。しかし、そろそろここを出ましょう。べつに収穫はなさそうですか

ら」

 防空壕には両端に入り口があった。ふたりはさっき入ってきたのと、反対がわの入り口

から外へ這はい出した。しばらく薄暗い壕のなかにいたので、外へ出ると鉛色にくもった

空も、ぱっと眼を射るかんじである。

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